14‐1 午の侯爵からの要請
雪が降り積もり、銀世界に日が昇る。
降る雪のがキラキラと輝いて、ダイヤモンドのように美しい。
夜明け前の一番寒い時間を乗り越えて、迎えた朝焼けの紫色が、私へのご褒美だ。
これ以上ない朝に、白い息が零れる。
銀世界に散った赤を雪に埋めて、私はいつも通りの仕事をしていた。
後片付けしつつ、朝焼けに魅入っていると、寒さに震えるトリスに撤収を急かされる。仕方なく早めに片づけをしていると、防寒対策をしたミゼラが庭に入ってきた。
……ミゼラが仕事中に起きることはあったが、わざわざ私たちの元に来たことは無い。何かあっただろうか。撃ち漏らしか? まさか、別ルートからの奇襲?
「ミゼラ様、不手際がありましたか?」
トリスが素早くミゼラの元に駆け寄り、彼の安否を確認する。私はぐるっと屋敷の周囲を走って、侵入の形跡を確認した。
ミゼラにケガはなく、屋敷内の侵入も無かった。ミゼラは私を呼ぶと、「今すぐ準備して」と言った。
私がどうしてか尋ねると、ミゼラは腕を組んだ。
「エイヴがあなたを必要としてるのよ。話を聞いた時、アタシもあなたしか出来ないと思っていたわ」
ミゼラはそう言うと、私の腕を引いて屋敷に戻った。トリスも出かける準備に走る。
***
——懐かしい格好だ。
十二血族の屋敷に向かうというのに、私は農民の格好をしていた。
長靴にジーンズ生地のズボン、麻のシャツと軍手。こんな農民のような恰好をする機会がまたあるなんて思っていなかった。
流石にこんな格好をすれば、これから向かう先の管轄は分かる。
「エイヴ様とやらは、農業の貴族ですか?」
「そうよ。正確には、産業全てが彼の管轄」
農業、漁業、林業、畜産業……その他にも製造業も、サービス業も、『午』の血族の管轄なのだとか。
特に、今代のエイヴは農業を好んでいるという。あらゆる産業を管理・育成している彼は、趣味でも家庭菜園をしているらしく、ミゼラはそれがいまいち理解できないらしい。
「農業の現場に行って、『疲れたから家庭菜園いじって休もう』なんて言うのよ」
農業が仕事だった私でも、理解しがたい感性だった。
しかし、今この冬の時期、農家がする仕事はほとんどない。それなのに、何をするというのか。
外を眺めていると、段々と畑が増えてきた。
領地に入ったのだろうか。産業全般を営んでいるだけあって、畑の数が段違いだ。
畑の位置が分かるように、ロープで囲っているのも良い。遠くのブルーシートで覆っているのは肥料だろうか。少し離れたところには牛舎もある。
「領地に牧場もあるようですね。畑と牧場の位置がちょうど良くて、効率よく仕事が出来そうです」
「領地? ここはエイヴの屋敷の敷地内よ?」
「……自分の家に牧場があんの⁉」
よくよく見たら、牛舎も畑も石壁に囲われている。さらに正面には確かに屋敷が建っていて午の家紋が掲げられていた。
馬車は屋敷の前ではなく、いくつも建ち並ぶビニールハウスの前で止まる。
ミゼラが先に降りて、ビニールハウスの前をうろうろと歩いた。私も馬車を降りて、彼の後ろについて行く。
ミゼラは「ここじゃないのかしら」と呟くと、先ほど見た牛舎に向かおうとトリスに相談する。
すると、猫車を押して、使用人らしき人が現れた。
「……あーーーー! ミゼラーーー!」
使用人らしき人は、ミゼラを見つけるなり指をさして大声を出す。ミゼラはそれを咎めるどころか、呆れた様子で近づいて行く。
「ちょっと、呼び出しておいて出迎えもしないわけ?」
「ごめんごめん~! 牛の出産があったから、そっち行ってた~」
「あなた探せないんだから、ちゃんとしてちょうだい」
ミゼラはため息をつくと、私に向き直った。
「ソラ! 彼がエイヴよ!」
ミゼラに紹介された男は、長い髪を一つにまとめ、チェックのシャツにオーバーオール、着古してすっかりしぼんだダウンに長靴を履いている。
軍手を二重に装着したタレ目の男は、ペンスリー程ではないが、それなりに身長が高かった。
「初めまして」
私が挨拶をすると、男はにっこりと笑ってお辞儀をした。
「初めまして~。俺はエイヴ・テッラ。『午』の血族——『メリディアム』侯爵の当主なんだ~」
偉いのは分かるが、どうにも威厳が無い。
エイヴは私と握手をすると、「じゃあ早速」と、ビニールハウスに私を引っ張っていく。私はミゼラに救いを求めるが、ミゼラはトリスに温かいお茶を用意してもらって体を温めていた。
(この野郎!)
契約上、私はお前の婚約者のはずだが⁉
いや、もう十二血族には契約上の関係なのは知れているのか。だからといって、こんな適当でいいのか。……扱いが雑になったな。
後で抗議してやろうと思いながら、エイヴに連れていかれた先には、生えたばかりの苗があった。
「まずは苗の選別よろしく~」
そう言われて、私は苗を見る。
キャベツの苗が並んでいて、間引きがまだ済んでいなかった。
私は芽が小さいもの、細いもの、大きすぎるものを選別して育てる苗を残す。
エイヴはその様子を見て、「さすがだね~」と拍手していた。
私は訳が分からないまま、間引きを進めていった。




