13‐9 予定通りに
オーリアの計画書の提出も無事に終わり、フィリップから訂正された箇所も少なく済んだ。
何とか二月の上旬に終わった手伝いに、私もため息をつく。
「お疲れ様」
今日の夕食は、ミゼラとトリスの計らいで、私の好物が並んでいた。
ちょっといいワインと、ほうれん草のキッシュ、ローストビーフにハッシュドポテト、ミネストローネとクロワッサン……どれも美味しくて、無限に食べられそうだ。
エリーゼは私とミゼラのグラスが空にならないように注意しながら、トリスと仕事の会話をしていた。
私が食事を口に運んでいると、ミゼラが「大変だったでしょ」と話を振った。
私は思い出してげんなりしてしまう。
「えぇ、とても大変でした。オーリア様が作るものにアドバイス程度しか仕事しておりませんが、計画書一つ作るのにあんなに綿密に作る必要があるとは」
「一人でする仕事じゃないもの。誰かと一緒にする仕事なら、お互いに困ったりしないようにする必要があるわ。それに、計画書を提出する人が主体なんだもの。『ここまで考えたから後はよろしく』なんて、投げ出されちゃ困っちゃうわ」
「それもそうですが。……レープス伯爵も、ラットゥス子爵も、いつもと違う顔に驚いたんです」
誰もが自分の使命に真剣に向き合っていた。
自分たちが背負っている重荷に、逃げずに立っていた。
……私は、そんな風になれるのだろうか。
ミゼラは「これが特別って事よ」と私に言った。
「いいこと? 特別な人っていうのは、容姿が整っていることでも、才能があることでも、金持ちでも、仕事をしなくてもいい人でもないわ。自分がするべきこと、自分が担うことをきちんと背負って、どんなに重い荷物でも、どんなに苦しい仕事でも、きちんとこなせる人のことよ。
良く聞いたわ。『自分には特別な才能が眠っている』とか、『自分はこんなところにいるべき人間じゃない』とか。自分にしかできないことを探し求めているうちは、特別なんかになれないのよ。自分に課せられたことを着実にこなしていかないと、どんなに素晴らしい才能も、未来も、裸足で逃げだすわ」
ミゼラの言う事は最もだ。
こんなところで……なんて言ったところで、動かなければ結末は変わらない。
口ばかりの人間は、誰もが目の前のことさえ出来ない人たちだった。
私はワインを飲み干して、「そうですね」と返答する。
ミゼラは私と目線を合わせて微笑んでいた。
「——アタシは、あなたを特別だと思っているわ。あなたは、自分の罪からも、自分の生い立ちからも逃げてないでしょ」
……なんと、お優しい。
学もなく、金もない。苦しい生活に耐えきれず、自分が汚れることも許せず、人を殺して道徳心から逃げ出した私に、そんなことを言ってくれるのか。
いまだにペンスリーとの距離感も分からないし、接し方も分からないのに。
何が逃げてないだ。このオカマ野郎。
ミゼラは私が思っていることを見透かしたように、「バカね」と言った。
けれど、それに続く言葉は無い。その三文字に沢山の何かを含んでいた。
(いつか、ちゃんと向き合わなくちゃいけねぇんだよな)
そのいつかが怖い。これは、誰に言っても共感してもらえない。
だって皆、生まれた時からこの使命は決まっていたのだから。その道を、まっすぐ歩いてきたのだから。
……そういえば。
ミゼラは何の血族だ? 一度も聞いたことがなかった。
「ミゼラ様は、何の血族です? 今まで一度も尋ねたことがありませんでした」
私が尋ねると、ミゼラはピタと動きが止まった。数秒経って、「そういえば言ってないわ」とちょっと驚いていた。
「あなた、何で尋ねなかったのよ」
「今の今まで興味がありませんでした」
「そういえば、あなたはそういう人だったわ。そうだった」
私の質問に、ミゼラはため息をつく。
ミゼラは姿勢を正すと、改めて私に名乗った。
「ミゼラビリス・マレディクトス。——『辰』の血族で『ドラク侯爵』を名乗ってるわ。アタシの管轄は『法律』。国の規律を、ルールを作っているわ」
あぁ、だからか。
ミゼラが制度の計画書を自分がやると言ったのは。
そういえば、以前ペンスリーと法律系の何か話をしていた気がする。
(そりゃ狙われるわな)
ルールを作っている人は反感も買いやすい。それが良いものだとしても、全ての人にとってそうとは限らないのだから。
今さらながら納得した。媚びられる理由も、襲われる理由も。
貴族社会で浮いてるからじゃない。ミゼラの利用価値があまりにも高すぎる。
そりゃ、自分に興味が無くて、貴族社会を知らない殺人犯を雇いたくなる。
ミゼラは私の顔をじっと見つめる。
ニキビを探してる時とは違う。私が変わってないかを、確認しているかのようだった。
「なんです?」
「いいえ。もしかして、見る目変わったのかしらと」
「変わりませんよ。難しいことは分からないのですから」
私がそう答えるとミゼラは安心したように微笑んだ。
その表情は、今までにない穏やかさだった。
「ふふ、変ね。どうしてかしら」
ミゼラがそんなことを言うから、私はいつも使っている便利な言葉を返した。
「ごめんあそばせ。育ちが悪いもので」
ミゼラの持つものに興味はない。それだけで彼には十分な安心材料になるだろう。




