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13‐7 レープス伯爵に提出

 電話でレープス伯爵に計画書についての話し合いを取りつけた当日。

 私はオーリアと一緒に約束の時間の十分前にサピエンテム邸に到着した。


 オーリアは、緊張で計画書を折ってしまうのではと思うほど強く抱きしめている。私はオーリアの腕を引いて、屋敷のドアを叩いた。



 メイドに案内されて、私たちは応接室に向かう。応接室のドアをノックすると、中から「お入りください」と声が聞こえる。

 オーリアはこわばった表情でドアを開けた。



「失礼します」



 ドアを開けた先、黒と金を基調とした高級感のある応接室で、レープス伯爵はソファーに座って待っていた。その隣にはイリスも座っている。

 レープス伯爵はオーリアをチラッと見ると、小さく息を吐いた。



「丁寧に言うのなら、『失礼いたします』がよろしいですよ」



 細かい指摘に私は呆れてしまうが、レープス伯爵は「気を付けて損はない」とオーリアに言った。



「十二血族は、国を背負ってきた血筋です。誰よりも丁寧で、常に手本となるようにならなくては、威厳も地に落ちてしまいます。国をより良くすることも大切ですが、身の振舞い方に気を遣うことも大切ですよ」


「はい……」



 すっかりショックを受けてしまっているオーリアに話し合いが出来るか不安だが、私たちはソファーに座って、計画書を提出する。


 レープス伯爵は内容を確認し、イリスの方をチラッと見る。

 軽く咳ばらいをすると、オーリアに確認を取った。



「今回、娘のイリスを同席させていただいているのは、娘にもレープス家の仕事を見せておきたい意図があってのことです。我がレープス家は長男である息子に継がせるつもりではありますが、まだ学生の身。イリスにサポートしてもらいたいので、この計画書を彼女に見せてもよろしいでしょうか」


「はい。構いません。どうぞ」



 レープス伯爵は、イリスにも計画書を見せる。

 イリスは急に真剣な表情で計画書に目を通すと、ふぅ、と息をついた。



「この教育機会の拡大は、どの層を狙っての計画でしょうか」



 イリスの質問に、オーリアは一瞬言葉に詰まる。イリスは少し質問をかみ砕く。



「家庭省の管轄でのことですから、おそらくは子供たちの教育でしょうけれども、対象としている子供は、どういった子供達ですか? 貧困層? 中間層? 富裕層? 地方でしょうか、都市部でしょうか」



 イリスの質問にたじろぐが、オーリアは何とか「農村の子供たちを中心に」と答えた。イリスは「そうですか」と納得した素振りを一瞬見せるが、すぐに次の質問をする。



「農村部の子供たちは、主に農業をして生活をしていますね。教育の手が行き届かないことは、レープス家としても歯がゆい思いをしておりますが、農業に従事し、お金を稼がないと生活できないのも事実です。そこはどうやって補うつもりでしょうか。……ソラ様。貴女の方が農村に関してお詳しいはず。農村の実態はどうですか?」



 イリスに尋ねられ、私は「あくまで私の村ですが」と、前置きした。


 私が住んでいた村は、子供の数に対して大人の数が少なかった。若い世代の大人は子供の両親くらいなもので、あとは老人といったような偏った年齢層だった。

 動ける老人はいいが、介護が必要な老人だと農業が成り立たず、子供たちが労働力として仕事を手伝わないと税金を納められない状況だった。

 全ての村がこうとは思わないが、少なくとも私の村と近しい状況の村は各地にある。


 それを伝えると、オーリアは計画の見通しが甘いことを恥じた。

 私も手を貸したが、農業の点は盲点だった。私は一人で何とか出来たが、家族が居るからといって、学校に行かせてあげられるほどの余裕はない。



「でも、私は学校に通って損はないと思います。農村の子は、ほとんどが読み書きができません」


「その間の家族の負担は?」


「午前中だけ、雨の日だけ学校もありかとは思っています。少なくとも、私は教育を受けておきたかった」


「それでは、教育法に抵触します。『教育機関の一年の課程は、定めたカリキュラムの八割に到達しなくてはならない』。それではあまりにも遅すぎる」



 イリスの鋭い指摘に、私も口を閉じた。

 レープス伯爵は、イリスの的確な言葉に頷いていた。


 これでは出直すしかない。すでに顔を上げられないオーリアに声をかけようとしたら、イリスが「少々お待ちください」と言って、応接室を出て行った。


 イリスが出て行ったあと、レープス伯爵はオーリアにフォローを入れた。



「計画自体は悪くありません。この計画はレープス家としてもとても良い機会になると思っております。イリスが厳しい対応しているのは、この計画が法案となり、農村部で適用された時に困る人がいてはいけないからです。イリスの方が、私以上に知識を得ている。だから、今回彼女に全ての質問をさせました。意地悪な対応をして大変申し訳ございません」



 レープス伯爵が頭を下げると、オーリアは必死に「大丈夫です」と手を振った。

 オーリアはようやく気持ちを整えると、彼に自分の気持ちを伝えた。



「ワタシは、子供たちが健やかに成長することしか頭にありませんでした。でも、イリスちゃんの質問は世代も広くとらえていて、知識の大切さを理解している物言いでした。なんだか、恥ずかしかったです。子供を育てるとき、環境も意識する必要があるのに……ワタシ、ちゃんと見えてなかったんだなぁって」



 オーリアは落ち込んでいたが、レープス伯爵は「貴女は十二血族として使命を全うしています」と励ました。

 レープス伯爵は軽くため息をついて、ドアの方を見る。



「今まで、イリスは私の教育を守る良い子でした。今も良い子ですが、知識欲が私の予想をはるかに超えていたようで、彼女を自由にしたら夜遅くまで勉強に耽ってしまいまして。今日のこの場も、イリスの行動を止めるつもりはありませんでした。そして今、とても反省しております」



 ドアが開いたかと思うと、イリスが両手に抱えきれない量の本を持って、応接室に入ってきた。

 テーブルに置かれたそれらに、私は目を見開く。



『農業の全て』、『貧富の差はなぜ生まれるのか』、『最新版教育理論』、『字が読めない子供たち』、『イーグリンド王国歴史【レープス地方編】』……他にも沢山の本がテーブルに積まれている。さらに、イリスは家で管理している資料まで持ち出してきた。



「『六歳から十二歳を対象にした識字率調査』、『教育の差に関する意識調査』、『学校機関における勉強能力の違い』……全て、昨年調査してまとめてある最新版です。これから、貴女方に教えますので、計画を書き直す糧にしてください」


「ひぇっ……」


「イリス様。わ、私もですか」


「貴女の知識は偏り過ぎです。経験による知識ばかりで、一般教養がほとんどない。国の歴史も、数学も、何もかもが十五歳で学ぶレベルで止まっている。ミゼラ様の勉強では足りないでしょう」


 先日、ようやく終わった勉強が、まさかの子供と同じレベルだなんて。これでも大分詰め込んだ方だったのに。


 レープス伯爵はメイドに紅茶を用意するように伝えた。

 私は『サピエンテムのお茶会』の緊張感を思い出す。



「では、これより授業を始めます」



 イリスの声が、あの時のように冷たくなった。

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