13‐5 オーリアの不安
昼から続いたパーティーも、夕方になれば話も尽きる。
仕事や領地の距離もあって、少しずつ帰って行き、すっかり暗くなる頃には私とミゼラだけが残っていた。
オーリアと一緒に走って行ったアグラヴァも戻ってこない。
そろそろ私たちも帰ろうという時、目を真っ赤にして泣くオーリアと、心底疲れた様子のアグラヴァがようやく会場に戻ってきた。
私はオーリアの様子にぎょっとして、慌てて残っていたジュースを彼女に渡す。
「何があったんですか? 敵襲にでも⁉」
「違うよ。ちょっとした問題に立ち会っていたんだけどね」
アグラヴァは、壁際に設置していた椅子にオーリアを座らせると、私たちに向き直る。ミゼラはオーリアにハンカチを手渡し、私は彼女の隣で背中をさすっていた。
「——『代理ミュンヒハウゼン症候群』って知ってる?」
アグラヴァは急に難しい病名を出してきた。私は首を横に振ったが、ミゼラは聞き覚えがあったらしい。
アグラヴァ曰く、その病気は他者に負わせる作為症という。
ミュンヒハウゼン症候群――というのが、自傷行為によって病気を作るものだが、『代理』とつくと、精神疾患者と傷害の対象が別にいる状態を指す。
自身に向けられる同情や励ましの言葉が心地よく感じるあまり、求め続けてしまうといったこともあり、親が子供を傷害の対象にという事例が多く、アグラヴァは見落としていたという。
オーリアは自分の母親がそんなことをしていたとは全く気付かず、真実を知ったショックで狼狽していた。
「配偶者に対しての虐待行動は、看過できないよ。それに、一緒に暮らしていたらオーリアにもご当主にも悪影響だ。あたしは精神病院への入院をおススメする」
「ぐすっ……、アグラちゃんが言うなら、それが最善よね」
「気をしっかり持って、オーリア。今まで当主の役目も果たしてきたんだから、これからも大丈夫よ」
ミゼラに励まされ、オーリアはこくんと頷いた。
しかし、困ったことが一つあるという。
「保育園の新設、ワクチンの補助、教育機会の拡大と育児制度の拡張に、申請の簡略化……今はフィリップとアグラちゃんと話を進めていた事があるけれど」
「焦ることは無いわ。すぐに取り掛かっても膨大な時間がかかるもの」
「今言ったこと、全部母が進めていた事なの」
「まずいわ。どうしましょ」
オーリアを慰めていたミゼラが急に焦り出す。
私は状況が分からず、アグラヴァに視線を投げる。彼女はすぐに察してくれて、「面倒なんだけどね」と言った。
「あたしたちの仕事ってさ、個別でやることと、連携してやることの二種類あるのね。個別でやることは問題ないんだけどさ、他の血族と連携することって、管理者が変わったら白紙に戻さないといけないの。進捗の把握や、前管理者との共有が上手く行われていない可能性があるから。
白紙に戻したら、一から計画を練り直す必要があって、もう一度交渉する必要がある。それってさ、かなりの時間ロスだよね? それに、もうすでに発表している約束事だと、約束を破ることになるから、国民の不信感を買うことになるんだよ」
ミゼラはオーリアの母が進めていたことは、今年中に終わらせる計画だったと言った。
最初は乳幼児から青少年へのワクチンの補助。これはアグラヴァとの連携だから、事情を知っている彼女にはあまり支障が無い。しかし、保育園の新設とワクチンの補助費、これはフィリップと交渉する必要がある。教育機会の拡大も、イリスの父親との話し合いが必要だ。
育児制度……制度はどこの血族だ? まぁ、その内分かるだろう。
とにかく三人との話し合いが必須だ。
今年中とはいったものの、いつまでなんて期限は無いはず。
しかし、オーリアはさらなる困りごとを吐露した。
「……どうしましょう。三月中って母は言っていたのに」
——終わった。
今から計画白紙の通達と練り直し、話し合いの場を設けて、再連携は時間がかかり過ぎる。
どうしようもない。特に、フィリップはオーリアが苦手だ。今のところ、制度関係をになっている血族が分からないの次に難関だ。どう解決するか。
「あたしとの連携計画は、書類をそのまま送ってちょうだい。ちょっと手直ししてフィリップと交渉できるようにしておくから」
「ありがとう……ぐすん」
「制度の方も、アタシが何とかするわ。計画書を後で送っておいてちょうだい」
アグラヴァとミゼラが彼女に協力するが、私は何もできない。
せいぜい今、背中をさすっているのが関の山だ。
ミゼラと視線が合うと、ミゼラは何か考える素振りを見せる。
ふと、ミゼラは思いつくとオーリアの肩を掴んだ。
「しばらくソラを貸すわ。手伝ってもらいなさい」
「……………………はぁぁぁぁ⁉」
私に何が出来ると?
農民で囚人、それしか経歴のない私に協力できることなんてあるものか!
「その冗談は笑えませんよ」
「冗談じゃないわ。教育の機会が無かったあなたなら、良い意見が出るでしょう?」
「血筋的に、私は『巳』の血族でしょう? なら、『未』の血族の手伝いは出来ないのでは?」
「介入は出来ないわよ。法律的にはね。でもほら、あなた普段から言ってるじゃない。『私は元農民』って」
——血の繋がり的には私はペンスリーの娘だが、法律的には彼の戸籍に私はまだ入っていない。
つまり、私は事実的な十二血族だが、法的には十二血族ではない。
私なら、彼女の手助けをしても法律違反にはならないのだ。
ミゼラはそれを分かっているうえで、オーリアに言ったのだ。私はミゼラに尋ねる。
「……仕事は、どうなさるおつもりで」
「今までトリス一人でも問題なかったのよ」
「彼の負担を考えてのことですか?」
「分かったわよ。じゃあ、日中だけ。泊まるのは無し」
「夜ももちろん?」
「特別手当くらい出すわよ」
ミゼラと一時的な契約変更をして、私はオーリアに向き直った。
すっかり腫れてしまった彼女の目は、不安ばかりを映している。
私は彼女の手を握った。頼りないだろう。何にも知らない、馬鹿が仲間になったくらいで。
けれど、オーリアは私の手を、強く握り返した。




