13‐4 アグラヴァの心配事
ミゼラに連れられ、私はアグラヴァと合流する。
アグラヴァは、私の顔を見ると大輪の花のような笑顔を見せた。私は彼女にお辞儀をして、近況報告をする。
悪夢はもうすっかり収まっており、睡眠の質も向上したと伝えると、アグラヴァは満足そうに頷いて腕を組んだ。
「そっかそっか! 元気なのは良いことだ。フラッシュバックすることも無い?」
「特にありません」
「カラッとした考え方してるから、案外引きずらないのかもね。治療終了後にぶり返す患者さんとか結構いるから、心配してたんだ。心の治療はまだ解明されていない部分が多いから、何か心配事とか、気になることがあったらすぐに連絡ちょうだいね!」
「アグラヴァ様のお気遣いに感謝します」
アグラヴァはアップルパイを頬張りながら、「お仕事だから平気よ」と親指を立てた。ふと、私は先ほど話をしていたオーリアの事を思い出す。たしか、彼女の父親もアグラヴァの患者だ。オーリアが代理で当主の仕事をこなしているくらいだ。それほど深刻なのだろう。
私がその話をアグラヴァに振ると、途端に彼女の表情が険しくなる。
「守秘義務があるから、詳細には話せないんだけど」と前置きして、アグラヴァは話した。
「オーリアのお父さん……マテルノス伯爵は、病気で寝たきり状態になっててね。薬を変えても、治療法を変えても、容体が改善しないんだよね。検査しても、これと断言できる原因が分からないんだ。何回もここに来て治療してるけど、緩やかに悪化してる」
「アグラでも分からないなんて。一体どんな病気なのかしら」
「それも含めて、家に連れて検査したいんだけどさ。奥様が嫌がるんだよね。『会えなくなった間に急変したら嫌』って言ってさ。でも、奥様もずっと看病してて精神的な負荷が凄そうだし、オーリアも、自分の仕事もあるのに当主の仕事も並行して……なんて。もう三年経ったかな? そろそろ体に悪いよ」
アグラヴァは困ったように頭を掻くが、解決策はない。
ミゼラも、「そうね」とは言うが、他人の家の事情に首を突っ込むわけにもいかず、ため息をつくばかりだ。
「オーリアは、あたしん家での治療は賛成してくれたんだけど、奥様が手ごわいんだよなぁ。どうしてもマテルノス伯爵と離れたくないって言って」
そんなに好きだったとしても、病気だったら多少の我慢は必要なのではないだろうか。それに、感染症だったら、自分に移る可能性だってある。
「……アグラヴァ様の検査で、感染症の疑いは出ましたか?」
「いいや。感染症じゃないと思う。メイドの出入りはあったし、奥様がつきっきりで部屋に居るけど、奥様に感染した様子は無い」
じゃあ、感染症以外で。
何がある? 検査が出来なければ、体の内側の病気は治しようがない。
弱めの毒でも盛っているとか? もしもそうならオーリアが有力だ。
権力欲しさに父親に手をかけるとか、……いいや、彼女はそんな事しないだろう。指さきが綺麗だった。経験があるが、手袋をしていても手がかぶれたり、成分が付着して騒ぎになる。
子供と接する彼女が慎重にやったところで、成分がついていたら耐性のない子供には死に至る可能性だってある。そうなったら、十二血族が知らないはずが無い。
「何が原因だろう」
「……ちょっと、まさか何か疑ってるわけ?」
「毒の線とか、色々です」
「毒ねぇ。可能性は無くないんだよね。成分が検出されない毒性とか、結構あるから」
アグラヴァが同意すると、ミゼラも話に乗っかってきた。
「毒だったとして、誰が伯爵に盛るのよ。オーリア?」
「あの人は無理です。どんなに気を遣ってても、うっかり付着することはありますから。子供の口に入ったりしたら、確実に死にますよ」
「大人と違って、耐性が無いからねぇ」
「そうなのね。……あなた、毒を扱ってた時期はさすがに無いわよね」
「契約してから一回だけ試したことはありますよ。管理が面倒だったので止めました」
「そう。ちなみに、トリスが一週間口がしびれて料理の味がおかしくなってた時期?」
「そうです。トリスが毒の瓶にわずかについてた毒をうっかり触って、うっかり舐めたせいです」
嘘だ。私が指先についているのを知らずに、トリスの舌を思いっきり引っ張ったのが原因だ。解毒薬は作ってあったから大事には至らなかったが、舌がしばらく使い物にならなかったらしい。
ミゼラは「なにしてるのよ」と眉間を揉んで、話を戻した。
「毒の可能性なら、アタシ、奥様の方が気になるわ。だって、ずっと看病してるでしょ。いつだって入れる隙はあるじゃない」
「それもそうですが、治ってほしいと願っていながらどうして毒を?」
「知らないわよ。……悲劇のヒロイン気取ってたいとか?」
ミゼラがそういった瞬間、アグラヴァはハッとして「分かったかも!」とオーリアを探しに行く。おいて行かれた私とミゼラは顔を見合わせて首を傾げる。
アグラヴァを追いかけようとしたが、カーニス伯爵に呼ばれて、私は顔をしかめた。
ミゼラと一緒に彼の方に向かい、私はちらっと、アグラヴァが進んだ方向に目をやった。
アグラヴァがオーリアに何かを伝えている。
オーリアは取り乱した様子で、彼女を連れて会場を飛び出した。
それしか見えなかったが、尋常じゃない雰囲気に、私は彼女たちの背中を目で追った。
二人の様子が気にかかって、カーニス伯爵の話が入ってこなかった。




