13‐3 フィリップの紹介
レープス伯爵と離れ、私はドリンクを片手に知り合いの元を渡り歩いていた。
タウラは、最近外国の映画にはまっているらしい。時間があれば、映画館に足を運んでいるらしい。自宅にシアターを作ろうか悩んでいるとか。
ロイは、訓練場の設備が古くなってきたとぼやいていた。予算で直そうにも、派手に壊れた箇所がいくつかあり、予算を超えてしまいそうだという。
アルテムは新しい衣装を作りたいと言っていた。しかし、彼女のデザインが複雑で、それを再現出来る職人が少ないと言っていた。そのことからも、職人の育成にも力を入れたいらしい。
私がフィリアと近況報告をしていると、後ろから肩をちょんちょんと叩かれた。振り返ると、ニコニコと笑っているフィリップと目が合った。
「明けましておめでとう! 今空いてる?」
何の脈絡もない質問に、私が戸惑っていると、フィリアが「急に何だ」と私の代わりに返事をした。フィリップはドリンクを揺らしながら、「大した用じゃないよ」と言った。
「多分挨拶まだでしょ? オーリアちゃんと」
「オーリア? ソラ、あったことはあるか?」
私が首を横に振ると、フィリップは「じゃあ僕が紹介するよ」と私の腕を引いた。
フィリアは私を見送って、ロイと何やら会話していた。
フィリップは私を連れて会場を進みながら、オーリアの血族を教えてくれた。
「オーリアちゃんの家は、家族のことを司ってる家でね。保育園の運営や、ひとり親の支援、養子縁組やその他のサポートをしてるんだ」
「そうなんですね。しかし、保育園の運営は、レープス伯爵が行っている幼稚園経営と被るのでは?」
「あーそれはね。幼稚園だと教育が施されるんだけど、保育園は子供を預かることに特化してるんだよね。目的が違うというか、幼稚園は幼児の心身の発達を助長する、保育園は保護者の事情で保育にかける乳幼児の保育をする。
年齢の制限や、利用する費用の面でも違いはあるけど、一番の違いはここかな」
「なるほど」
「……理解できてる?」
私が無言でうなずくと、フィリップは「ダメじゃん」と眉を下げる。フィリップ越しに女性を見つけた。
ブロンドの、ふわふわとした雲のような髪が羊のようだ。タレ目で優しげな印象の顔つきは、誰もが母性を感じるようなオーラがある。
白と桃色のツートンカラーで可愛らしい色合いで、たっぷりとあしらったフリルが少女のような印象を与える。だが、大人びた顔つきの彼女にはちょうど良いバランス感だ。
彼女がオーリアだ。近くで見ると、母性の塊のような女性だ。
フィリップはオーリアの視界に入る位置に立つと、彼女が気づくのを待つ。
オーリアはすぐにフィリップに気がつくと、嬉しそうに彼に近づいた。
「まぁフィリップ! 新年の挨拶ね。明けましておめでとう! あなたから挨拶に来るなんて初めてじゃない? 偉いわね~」
子供に話しかけるような言葉遣いに、私は違和感を覚えた。
オーリアは普段から、子供と接することが多いのか? そうでなければ、仲間内でそのような口調になることはない。
フィリップは若干引きつった笑みを浮かべて、オーリアに挨拶をしていた。彼女が腕に触れようものなら、それとなく離して距離を保つ。
私を盾にするかのように前に出すと、フィリップは早口で紹介を済ませた。
「ソラちゃん。彼女がオーリア・マテルノス。『未』の血族ノンドム伯爵令嬢だよ。オーリアちゃん、こちらはソラ。知ってるよね。じゃあ、あとはお二人で!」
足早に去るフィリップに、オーリアは「あらあら」と笑っていた。
私は特に会話も無いのに取り残されて、どうしたらいいのかわからない。
適当に会釈して立ち去ろうかと思っていると、オーリアは私の空のグラスを取り換えた。
「ごめんなさいね。フィリップったら、ワタシがこんな喋り方だから、嫌がるのよ」
「あぁ、それで。苦手そうでしたものね」
「普段は保育局にいるから、直すわけにもいかないの」
「保育局ですか。……ん?」
フィリアのように当代存命中の令嬢は、だいたい親の管理下にある系列の組織に勤めているが、オーリアは血族の代表として参加していたはず。いや、けれど紹介された時、フィリップは彼女を『伯爵令嬢』と言った。なら、オーリアはまだ当主ではない?
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私が少し悩んでいると、オーリアは手をポンと叩いて「そうよね」と納得した。
「他の皆は知ってるけれど、ソラちゃんは初めましてだもんね。ワタシの父は闘病中で、表に出られないの。だから、ワタシが代理で参加しているの」
「ははぁ、なるほど。父の代わりに忙しくされているのですね」
「うふふ、でも小さい頃から手伝っていたからそんなに大変じゃないのよ。今はアグラちゃんに診察してもらってるし。母もつきっきりで看病してるし」
「アグラヴァ様に! それなら安心ですね」
オーリアと話をしていると、ミゼラが私を呼びに来た。
ミゼラは私の腰に手を回して、「楽しんでる?」と尋ねる。私は「とても」とだけ返し、オーリアは私たちの様子に驚いた表情をしていた。
「アグラが探してたわ。最後のカウンセリングから結構経ってるから、様子が知りたいって」
「アグラヴァ様が……、分かりました。オーリア様、名残惜しいですが、私はこれで」
彼女に挨拶をして、私はアグラの元へ向かう。
オーリアは口元に手を当てて、私たちの背中に目を細めた。




