13‐2 新年一発目の式典
式典なんて、ちょっと挨拶して終わると思っていた。
どうせ私は、非公式の十二血族だし。知ってる人と少し会話して、帰るだけだと思ってたのに。
赤と白、金色で飾った城の中、十二血族の当主たちが最前列に並び、イリスやフィリアのような跡継ぎの子供たちは彼らの後ろに立っている。
私はペンスリーの後ろに立ち、式典に参加していた。
十二血族の前の離れた位置に国王が立っていて、新年の祝辞を述べていた。
『新年あけましておめでとう。今年も皆の顔が見られて良かった。昨年も大変だったけど、今年も頑張ろうね』と言えば済む話を、二十分も引き延ばせるなんて一種の才能だ。村長もそんな感じだったけど、年寄りというのは、話を長くしておかないと死ぬ呪いにでもかかっているのだろうか。
(こんな長話をしている方が、寿命がもったいねぇだろうに)
朝食も食べずに準備して、城に馳せ参じたせいで空腹が限界だ。そろそろ切り上げてもらわないと、腹が鳴ってしまう。
国王の挨拶が終わり、十二血族の前には盃がおかれた。国王に忠誠を誓う儀式だった。十二血族たちはそこに、国王への贈り物を置く。
フィリップは籾を、タウラは結んだ水引、ロイは動物の牙を置き、レープス伯爵は鍵を置いた。
ミゼラは水晶、ペンスリーは矢じり、午の血族のエイヴという人は歯車を、未の血族のオーリアという人は小さなぬいぐるみを置いた。
アルテムは一枚の紙、ブルームは貝殻、カーニス伯爵は笛を、アグラヴァは葉っぱを置いた。
全ての血族が贈り物をすると、国王は彼らに祝福を与える。
国王は最後に一年の守護者を発表し、それには未の血族が選ばれた。
オーリアは恭しくお辞儀をして、私たちに笑顔を向ける。彼女に拍手が送られて、国王は玉座を去った。
堅苦しい式典が終わり、ようやく帰れると思ったが、ミゼラに引き止められて、私はタウラの車に乗せられた。
「他に何かありましたっけ?」
助手席のミゼラに問いかけるが、ミゼラは「手紙に書いてたでしょ」としか言わない。式典の注意事項ばっかり書かれていて、それ以上には目を通していない。
タウラは「あはは」と笑って、頬を掻いた。
「式典に参加する方が大事だったから、それ以降のことは書いてなかったんだよ。この後、今年の守護者の屋敷でパーティーするんだ」
「……私」
「不参加はだめよ。国王への挨拶が終わったら、今度は十二血族への挨拶が待ってる。これも、式典の一部なの」
「分かりました」
私は了解した直後、私の腹から大きな音が鳴る。とうとう我慢しきれなかったらしい。車内に響いてしまった音に私はさぁっと血の気が引く。
此処にトリスがいないのが救いだ。彼がいたら、あとで散々馬鹿にされる。
ミゼラとタウラは声を潜めて笑う。
「ちゃんと料理もあるからね」
「……はい」
——……恥ずかしい。
***
オーリアの屋敷は、パステルカラーの優しい色合いだった。
屋敷の前には公園があり、未の血族が造ったものらしい。看板に『マテルノス』と書かれていた。
門が開いて、ミゼラたちが玄関に向かう。私も彼らに続いて、ドアをくぐった。
玄関ホールから至る所に飾り付けが施されていて、パーティー会場まで続いていた。会場には、沢山の料理とカクテルやジュースが並んでいた。
ミゼラはウェルカムドリンクを受け取ると、私にそのまま渡す。私はいつものように、臭いを嗅いで、一口飲んでミゼラに渡した。
しかしミゼラは「バカ」と言って、グラスを押し返した。
「あなたによ。ここに毒があるなんて心配してないわ」
「そうでしたか」
私はもう一度ドリンクを飲んだ。
続々と十二血族が集まり、全員揃ったところで、オーリアがパーティー開催の音頭を取った。
彼女の柔らかい笑顔は、母性に溢れている。
「新年、あけましておめでとうございます。今年もより良い一年になりますように、今年の守護者として強くお祈りします」
乾杯もそこそこに、それぞれが気になる料理を皿に取って食事をする。皆、朝食を食べずに式典に参加していたからか、一口が大きかったり、皿に盛る量が多かったりとそれなりに空腹感がにじみ出ている。
私もサラダを取りつつ、気になっていた肉料理を皿に盛っていく。
ミゼラにバレないように偏った料理を食べて、会場を回っていた。ふと、イリスがレープス伯爵と談笑しているのを見つけた。声をかけようにも、楽しそうな雰囲気と以前伯爵に働いた無礼のフラッシュバックが足を止める。
そっと離れようとしたが、イリスが私を見つけて声をかけた。
「ソラ様、どうぞこちらへ。一緒にお話ししましょう?」
柔らかい表情のイリスが私を手招きして自分たちの輪に呼び寄せる。
私は内心落ち着かないまま、彼女たちの会話に加わった。
「レープス伯爵、お久しぶりです」
「お久しぶりです。イリスの件でお会いしたきりでしたが、最近はいかがですか?」
「えぇと、まぁ。それなりに……? レープス伯爵の方は、お変わりありませんか?」
「最近は、娘と会話することが増えまして。プルムディ殿からいただいた菓子をきっかけに、異国の食文化について会話をすることが多くなりました」
流石は教育の血族。会話の内容が私には理解しがたい。そんなことを話してどうするんだ。もっと面白そうな会話すればいいのに。
しかしイリスは嬉しそうで、伯爵とも関係は良好のようだ。以前の冷たい目なんて一切感じない。イリスは楽しそうにヒノモトの文化について語り出した。
その話の長さもさることながら、地元民並みに詳しくなった彼女に、私はついていけなくなる。相槌も辛くなってきて、思わず「ブルーム様はよくご存じですよ」と、ブルームに丸投げしてしまった。
イリスはブルームにさらに話を聞きに行こうと、人ごみの中を突き進んでいく。
私がこっそりため息をついていると、レープス伯爵は肩をすくめて笑った。
「娘の知識は凄まじいでしょう。私さえ、ついていけなくなってしまうほどです」
そう言って、イリスの背中を見つめる彼の目は、父親らしい温かいものだった。
「……イリスの幸せは、誰か素敵な人と結婚することだと思っていました。その割りに、私は彼女を駒のように扱った。情けない父親です。あの子が嫁ぐ時に困らない程度の知識だけを与えていましたが、あの子にこんな才能があったなんて。これなら、最初から沢山の本を読ませて、いろんな国に連れて行ってあげたら良かった」
後悔するレープス伯爵の背中はとても小さくて、私は彼に同情した。けれど、私に彼の気持ちの全てを理解することも、受け止めることも出来ない。
私には一般論しか、彼を励ます言葉が無かった。
「これから頑張れば良いんじゃないですか? いくつになっても、遅すぎることは無いでしょうし。実際、私たち父娘だって、二十年越しにようやく再会しましたが、関係の構築は今も続いています。
……私は罪を犯して、皆の手を借りて罪を消した。でも雪がれてはいない。だから、これから償っていこうと思っています。私と一緒にするわけではありませんが、大切なのは今までしてこなかったことを嘆くより、これから何が出来るかを考えて行動することじゃありませんか?」
私の言葉に、レープス伯爵は目を見開いて、こらえきれずに笑った。
「そうですね」と言った彼は、テーブルのドリンクを一つ飲み干して、ブルームと話すイリスの横顔を見つめる。
「イリスのために、何をしましょうか」
「そうですね。手始めにため口で会話とかどうです?」
「それは些か行儀が悪いような。……でも、隣に小癪な小娘がいることですし、私も勉強しましょうか」
「あはは、お上手ですよ。そんなことが言えるなら上達は早いでしょうね」
「おや、皮肉で返されるとは」
「——ごめんあそばせ。育ちが悪いもので」
「ふふ、そうでしたね」
レープス伯爵は今日初めて、肩の力を抜いた。




