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13‐1 式典なんて、知らないんですが


(絶景だなぁ)



 所詮は火薬と分かっていても、その美しさには目を離せない。

 暗い夜を飾る色とりどりの大輪の花。それは遥か離れた地上さえ照らす刹那の灯火。


 田舎の農村に花火なんて大層なものは存在せず、誰かが言っていた絵空事だと思っていた。

 寒い冬空の下、それを見ることがあるなんて。人生何が起きるか分かったもんじゃない。



「見えるか? 綺麗だよなぁ」



 私は殺し屋の髪を掴んで、空を見せる。白目を向いて、口の端から血を垂らして、彼はこの美しい光景を見ることも叶わない。私は彼の顔を叩いてみるが反応は無く、地面に放り捨てて、ようやく彼が既に息絶えていたことを知る。


 ……なんだ。つまらないな。


 私は後片付けのために、焼却炉の準備に向かった。

 しかし、焼却炉の前には既にトリスが立っていて、火を点けて火力の調整をしていた。



「なんだ、もう終わったのか」



 私がそう声をかけると、トリスは鼻で笑って炎を見つめる。



「お前と違って、俺は有能だからな」



 憎たらしい物言いに、私も彼を鼻で笑う。



「何が有能だ。夜の警備はほとんど私が請け負っているってのに。先週お前が自分の警備忘れて寝た時、誰が尻拭いをしたと」


「その前は俺がフォローした。寝つきがよくなると、寝すぎてしまうらしいな」


「誤差の範囲だろ。たった二時間じゃねぇか」


「その誤差が命の誤差だとしてもか」


「随分言うじゃねぇか。最近夜勤が増えてご機嫌斜めか? 私が寝るようになったもんな。睡眠不足は肌に悪いぜ」


「ミゼラ様の台詞を煽りに使うな! 無礼者め!」


「しーっ! ミゼラが起きるだろうが」



 私は慌ててトリスの口を塞ぐ。

 トリスは鉄錆のような臭いに顔をしかめる。私はミゼラが起きていないのを確認して、死体を取りに行った。



「あぁ、そうだ」



 トリスが思い出したように言った。



「明けましておめでとう」



 彼の挨拶に、私は鼻で笑った。こんな状況でも、律儀な男だ。



「あぁ、明けましておめでとう」



 私も彼に挨拶を返して、死体を捨て置いた場所に向かう。

 こんな血生臭い新年も、悪くないなと思ってしまう。


 ***


 いつも通りの朝。夜の警備が終わった後はちょっと眠い。

 今までだったらすっきり起きられていたのに、ダルく感じるのは悪夢を見なくなったからだろう。——あの頃は、あまり眠れていなかったのか。


 今日の朝ご飯を楽しみに私は支度を済ませ、ダイニングに向かおうとするが、ミゼラが私の部屋の前に立っていた。

 いつも通りの私の格好を頭のてっぺんからつま先までじっと見て、ため息をついた。



「……マル・チロ伯爵や、イリスから手紙が来ていたと思うのだけれど、この様子じゃ見てないのね」



 ミゼラが急にそんなことを言い出すから、私はポカンとしてしまう。

 手紙? そういえばあったな。一昨日届いていた。そういえば、開封した記憶が無い。


 部屋のテーブルに放置されている手紙を見つけ、ミゼラはまたため息をついた。ペンスリーやイリス、フィリップやタウラ、アルテムからも手紙が来ていた。

 私はすぐに手紙を開封すると、そこには今日の式典の事が綴られていた。


 書き方は違うが、皆同じ内容で、私が初めての参加だからと、知っておいた方が良いことがずらりと並んでいた。



「えーと、『十二血族はいかなる理由があろうとも参加する必要がある』、『血族の当主他、ご子息・ご息女の参加も必須』、『十二血族の伝統衣装にて参加』、『朝八時から集合』……いろいろ書いてありますけど、私が参加する資格は無いでしょう?」



 私はミゼラにそう言ったが、ミゼラは「本気?」と言わんばかりに私を見つめている。私は「何で?」と彼を見つめ返す。

 ミゼラは手紙の一文、『血族の当主他、ご子息・ご息女の参加も必須』という記載を長い指で叩いた。


 ……そういえば、私はペンスリーの娘だったな。

 だが、知っているのは十二血族だけのはず。私が参加するのは、あまりいいことでは無いだろう。

 ミゼラにそう告げたが、ミゼラは「そうでもないわ」と私に言った。



「マル・チロ伯爵は、あなたを失ってから子供を一人も成していない。奥様も不妊治療を続けて、やっとあなたを授かっていた。もう一度子供を作ろうなんて、彼らには難しかった。だから、あなたしか後継者がいない」


「それは、そう……ですが」


「形だけ出席するだけよ。十二血族が揃って新年を祝うってだけ。国民にそれを見せるだけ」



 ミゼラの説得に、それもそうかと納得して、私は支度をやり直す。

 しかし、伝統衣装なんて持っていない。ない衣装には着替えられない。

 どうしようと思っていると、ペンスリーの手紙の端に救いの手があった。



『衣装はすでに送ってある。黄色の包装紙に青いリボンの箱だ。開封しているかもしれないが、箱に蛇の紋章を入れてある』



 流石ペンスリー。アルテムに教えてもらった『さすパパ』というやつだ。

 私はエリーゼと一緒に、ミゼラから借りた部屋に向かう。ペンスリーの膨大な贈り物の山からそれを探さないといけないのは大変だが、今日の式典に参加するだけの一回きりの衣装なら、ちょっとくらい頑張ろう。

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