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12‐5 変化する

 ショーが終わって、私たちはもう一度楽屋に挨拶に行った。

 アルテムは衣装を着替えて、撤収作業に勤しんでいる。あまり邪魔しちゃいけないと思い、一言だけ挨拶を交わした。

 アルテムは私の感想を聞いて、「当たり前ョ!」と胸を張る。舞台の上の彼女は本当に綺麗だった。ずっと見ていたいと願うほどに。


 アルテムはスタッフの作業が終わると、ミゼラに向き直る。

 ミゼラは爪を眺めていてアルテムに気が付いていない。


 アルテムはミゼラに何か耳打ちをした。ミゼラは途端に「はぁ⁉」なんて素っ頓狂な声を発した。

 何を言われたのか。気になるが、彼らは楽しそうに会話していて、私が入る隙はなさそうだ。

 ミゼラとアルテムはどちらも派手だから、並ぶとお似合いの二人だ。メイクの方向性も、洋服のセンスも近しいものを感じる。私が仕事を終えたらきっと、ミゼラはアルテムのような人と婚約するのだろう。

 ——私と契約したような、偽装関係じゃないものを。



(誰と幸せになっても、私には関係ねぇからな)



 挨拶はした。私は二人の邪魔にならないよう、静かにその場を離れる。


 ***



 ——アルテムは急に何を言い出すのかしら。



 マニキュアの色を変えようかなんて考えているときに、『ソラの事好きでしょ』なんて言ってくるんだから。

 ミゼラは慌てて否定するが、アルテムはニヤニヤしながら「へぇ~?」なんて言って信じてくれない。


 ミゼラはソラがそっと離れた気配を感じて、ため息をついた。

 ソラが完全にいなくなったことを確認して、ミゼラはアルテムに言う。



「あの子とは婚約してるわよ。でも、フィリアが聴取に行った時、あなたは事情を知ったはず。それなのにそんなこと聞いてくるなんて」


「もちろん知ってるわョ。でも、あーた、ソラを見るときの目が優しくなってんの気づいてる?」


「別に、いつも通りよ」


「嘘だぁ。あーたがそんなバレバレな嘘つくはずないヮ」



 ミゼラはもう一度ため息をついて、「冗談やめて」と言った。




「……アタシはもう、信用したくないわ」




 そう告げたミゼラに、アルテムは目を伏せる。

「分かるョ」と言って、アルテムはミゼラの背中をさすった。



「あーしら十二血族の宿命だもん。国王と一緒に、ずっと国を統治してきた。世代は変わっても、やり方は何も変わってないヮ。アンチつくのはしゃーない」



 ミゼラを慰めるアルテムは、廊下の先を見やる。そこには誰もいない。けれど、彼女には、ソラの幻影が見えていた。



「あの子は信頼していんじゃね? あの子は前を向く力があるわョ」


「そうかしら。でも確かに。ソラは諦めることをしなかった」


「あの子に倣っていかないとだね。あーしらも、変わんないといけないんだから」


「そうね。ソラはずっと、引っ張ってくれてるわ」



 ミゼラは気持ちを切り替えると、アルテムに舞台の感想を伝える。

 アルテムは「当然」と胸を張り、ミゼラを見送った。彼が見えなくなった時、アルテムは小さく笑った。



「……ソラと同じ感想じゃん。あーた、大分変わったョ」



 ***


 ミゼラを待つ間、喉が渇いたのでホールでジュースを買って飲んでいた。

 帰る人々の興奮冷めやらぬ表情が眩しくて、私はじっと観察してしまう。


 見られなかったプログラムの話をしている人たちの感想は、どれも演者を褒め称えることが多く、表現の考察をしている人もいた。

 アルテムのパフォーマンスの話題が多く、彼女の素晴らしさはどんな価値観の人も虜にする。

 どのプログラムも酷評していたのに、アルテムのプログラムだけ高く評価するおじいさんが通り過ぎて行ったとき、彼女の凄さを知った。


 私は道行く人を眺めながら、ミゼラを待つ。

 手にしていたジュースが無くなってしまった。まだかな、なんて考えていると、トリスが様子を見に会場に入ってきた。



「何で一人でいる? ミゼラ様は?」


「楽屋の前でアルテムと何か話してた。邪魔しないようにしてるだけだ」


「じゃあ今二人きりなのか? 刺客に襲われたら……!」



「楽屋までの道は一本だけ。楽屋は沢山あるけど、私たちが最後だから全部鍵がかかってた。すれ違うスタッフに違和感がある奴はいなかったし、今も楽屋に続く道に入って行く奴はいねぇ」



 私が立っていたのは、楽屋の道が見える壁際だ。怪しい奴が向かったらすぐに対応できる。

 ジュースの空容器をごみ箱に捨てて、私はミゼラを待つ。トリスも私の隣でミゼラを待った。



「何話してたんだ?」


「ミゼラか? アルテムが何か耳元で囁いて、慌てて振り返ってたから緊急系だろ。十二血族の話は、私じゃ知り得ないことだからな」


「……お前も、十二血族だろ」


「血筋だけな」



 減っていく人ごみを見送って、私たちは他愛もない話をして主人を待つ。

 ショーの感想を聞かれたが、見られなかったことを伝えると、「お人好しめ」と悪態をつかれる。主人に甘すぎる執事に言われても何も思わない。

 ふと、考えていたことをトリスに言った。



「お前、仕事辞めたらとかって考えたことあるか?」



 トリスは「はぁ?」と言いつつも、少し考える。



「ないな」


「ないのか」


「俺はミゼラ様に救われた。あの人に一生仕えても返しきれない恩がある。(いとま)を出されても離れるつもりはない」



 彼の信念の強さも、ミゼラに似たものがある。

 トリスは私をチラッと見た。私の答えも聞きたいのだろう。私は天井を見上げた。



「……わかんねぇ。契約終わったら、もう一度自分で畑やるのもいいなって思ってたし。どこか、遠くに移り住んでつつましやかに生活すんのもいいなって」


「意外とフワフワしてるな」


「ん、まぁ。でも、ちょっと悩んでるから」


「その時が来たらでも良いだろ」


「それもそうか」



 そんな話をしていると、ミゼラが戻ってきた。

 ミゼラは私たちを見つけると、一瞬だけむすっとした顔をして合図を送る。


 トリスが先にミゼラと合流した。私は遅れて彼の元へ向かう。

 ミゼラの笑顔が、遠く感じた。

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