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12‐4 底意地で作り上げる

(便利だなぁ)


 足で漕がずに布が縫えるなんて。

 卓上式のミシンがこんなに楽だなんて。時代は変わっているんだな。


 モータ内蔵だから速さの調節もボタン一つで出来るし、新しいから糸が詰まることも無い。

 針と糸だけで服を直していた時よりも早く終わる。


 私がデザイン画だけを見て、衣装を作っていくのを見て、アルテムとミゼラは不思議がっていた。

 本来なら、服を作るには型紙が必要で、それに合わせて布を裁断する。しかし、私は何も使っていない。

 目分量で布を裁断し、縫い合わせていく。



「どうしてこんなことが出来るのョ」


「服の手直しをするとき、いちいち測って切ってなんてできませんでしたから」


「あーた、裁縫できんのね」


「農民時代、唯一出来ることだったので」



 服なんて買う余裕はない。

 冬は寒さを凌ぐために、捨てられている服やクッションから綺麗な部分を切り取って、布団を作ったり、服を直したり。

 つぎはぎだらけの布団が完成した時は、小躍りするくらい喜んだ。

 苦労の末に身につけた裁縫スキルは、牢獄でもミゼラ邸でも披露する機会は無かったが。


 私は服を完成させてトルソーに飾る。

 絵の通りの出来栄えに、アルテムも感心していた。ミゼラは「へぇ」なんて零す。



「あとは、胸の飾りですね」



 私は小道具の香水瓶の蓋を開け、水を入れた。

 それを胸元につけて完成した。

 アルテムはそれを見て、肩を落とした。



「フェイクジュエルの代わりが、水を入れただけの小瓶? ありえないヮ!」


「大丈夫です」



 私は控室の隅の箱に入っているライトを持ってきて、香水瓶に光を当てた。

 すると、香水瓶は光を反射して輝いた。しかも、トルソーを揺らすと光も揺らぎ、不規則な輝きを見せる。



「これは……」


「水は、最も身近にある光を反射する物質です。海が綺麗に見える理屈も同じです」


「そうだわ。そうよ」


「これなら、フェイクジュエルにこだわる必要ないヮ」



 アルテムは完成した衣装に安堵のため息を零す。

 彼女の出番まであと二十分。アルテムは衣装に着替えてパウダーブースに座ると、舞台用のメイクを始めた。ミゼラは何も言わずに彼女の髪をセットする。

 私は衣装の裾を縫い直し、縫製を整える。


 それぞれが時間に間に合うように準備を進めていると、アルテムが口を開いた。



「……ごめんね。人殺しがどうたらとか言って」



 私はアルテムを見上げた。彼女はアイメイクをしていてこちらを見ていない。しかし、声の落ち込みが嘘じゃないと言っていた。

 アルテムはアイシャドウを一層濃く塗りながら言った。



「言い訳だけど、あーし、両親殺されてっから。そいつは今も牢獄にいるし。……裁判の時も、挑発するようなことずっと言ってて、ムカついたんだヮ。皆、そういうもんだと思ってんのョ。人殺しなんて」



 アルテムの話に、私は「そうですね」と返事をする。



「そういう方が多いと思いますよ。事実、私も自分のしたことに反省も後悔もないです。でも、したくなかったんだって、最近気づいたので。

 自分の罪を背負って生きていきます。それは一生続きます。終わらないし、終わらせません。自分のしたことの倍以上、誰かを助けるって折り合いつけて私は過去と向き合っていこうと思っています」



 私は衣装の修正を済ませて、ミゼラの手伝いをする。

 ミゼラはアルテムに、私の事件の詳細を伝えた。アルテムはそれを聞いて、私の方を振り向く。何か言いたげにしていたが、私が「大丈夫です」と彼女を制した。


 必要ない。同情なんて。

 必要ない。向けるべきは、償う機会を失ったあの二人だ。


 準備が出来たのは本番五分前。

 スタッフがアルテムを呼びに来て、彼女は舞台に向かう。



「せっかく来てくれたのに、ショー見れなかったね。代わりに元日の舞台に招待するヮ。あれは伝統舞踊だからつまんないかもしれないけど」


「そんなことないわ。アタシ毎年楽しみにしてるのよ」


「ミゼラはそうだよね。……あーたは、来てくれる? ソラ」



 アルテムは視線を合わせられない。

 様子を窺うアルテムに、私は微笑んで答えた。



「ご招待感謝します。謹んでお受けいたします」



 アルテムは、表情が明るくなった。彼女は舞台に走っていく。

 私は彼女の背中を見送って、ミゼラと観客席に向かった。


 ***


 会場に入ると、観客席はフィナーレに盛り上がっている。

 席に向かって歩いていると、舞台にアルテムが登場する。



『本日は、イグナティウス主催『ウィンター・ショー』にご来場いただきまして、ありがとうございます!』



 アルテムが舞台挨拶をしているのを見て、ミゼラは首を傾げた。

 私は気にせず、席を探す。満員の会場で席を探すのは一苦労だ。ミゼラとチケットのアルファベットを探しながら、会場を歩く。



『今年最後のショーですが、皆様のおかげで無事、最後まで続けることが出来ました! 今年も皆様の笑顔を見て終えることが出来ること、『シーミア』の名を持つ者としてとても誇らしく思います』



 ようやく席を見つけて、私たちは椅子に座る。

 ちょうどそのタイミングで、アルテムは挨拶を終わらせた。



『例年通りのプログラムではありますが、あーしのダンスパフォーマンスをもってショーを終了となります。最後までお付き合いください』



 アルテムが一礼すると曲がかかり、彼女の表情も変わる。

 プロとして、一人の演技者として、動きの細部にまで魂を込める彼女のダンスは、目を惹きつけられて離せない。

 ダイナミックで、繊細。妖艶なのに、かっこよくてバックダンサーがかすんでしまう。


 ミゼラはアルテムのパフォーマンスを眺めて呟いた。



「あなた、パフォーマンス前に挨拶なんてしないでしょ」



 歓声さえ抑えてしまうアルテムの表現は、素人が見ても素晴らしいものだと思う。

 私は時間も忘れて彼女に魅入った。

 彼女の十五分のパフォーマンスは、二時間に匹敵するほど濃密で満足感の高いものだった。

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