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12‐3 アルテムのこだわり

「二時間後までにドレスが完成していればいいんですよね?」



 私が尋ねると、ミゼラは険しい表情のままドレスを見つめる。



「そうね、って言いたいところだけど。あれはとっておきのドレスよ。単に形が整っているだけじゃダメ。完成度は高く、誰よりも目立つように」



 私は、ドレスを掴んで内側を見る。腹部で上半身と下半身が分かれているような構造だ。これなら、上半身を手直しすれば何とかなる。

 アルテムは私をじっと見て、睨むような眼を向ける。



「この子、あれでしょ。元殺人犯。サーペンス伯爵の娘って聞いてるヮ」



 アルテムの蔑むような視線を感じて、私は彼女に振り向く。

 アルテムは腕を組んで、顎を上げて私を見ていた。私を侮っているのは、すぐにわかる。



「そうです。領主を殺して、牢獄に入ってました。それより」


「殺人犯が野放しになっているのに、『それより』? フィリアは何をしてんのかしら」


「十二血族の署名で釈放されました。それよりミシンはどこにあります?」


「十二血族の署名なんて、サーペンス伯爵がパパじゃなかったら出られなかったわけでしょ」


「そうです。ミシンは?」



 けろっとしている私に、アルテムは眉間にシワを寄せた。

 ミゼラは近くを通っていたスタッフにミシンを持ってくるように伝え、アルテムの機嫌を窺う。



「ミゼラはどうしてこの子と一緒にいるわけ? いつか、自分も殺されるかもしれないョ」


「そんなことしないわ。ソラは」


「人殺しが、改心できるって本気で思ってんの?」



 アルテムの鋭い一言が、ミゼラに突き付けられた。

 ミゼラは即答できず、口籠ってしまう。私は、アルテムを冷たい目で見つめる。




「それ、言うべきはミゼラじゃなくて私だよな」




 ミゼラは誰も殺していない。罪を犯してすらいない。それなのに、ミゼラに言うのはお門違いだ。

 アルテムは私の目を見て怯んだ。しかし、さすがは芸をする人。すぐに表情を整える。



「……どんな育ち方したら、そんな顔できんのかしら」


「ごめんあそばせ。農民上がりですので」


「睨み方がサーペンス伯爵そっくり、あとで苦情入れてやろ」


「結構です。時間が惜しい、早くドレスを直しましょう」



 スタッフが持ってきたミシンを借りて、私は燃えたドレスを掴んで糸を解く。

 近い色の糸をミシンにセットして、私はドレスの飾りを外す。



「生地が欲しいです。これと同じ色の」


「……少し離れているけど、生地を売ってる場所があるわ。片道十分くらい」


「同じ色、もしくは同系色で買ってきてもらいましょう」


「トリスに伝えるわ」



 ミゼラが楽屋を出ていくと、アルテムは自分のドレスが解体されるのを眺めていた。



「それ、どうするつもり? 元通りになんて作れないわョ。フルオーダーメイドで、製法にもかなり技術を詰め込んでもらった。どうしようもないヮ」


「アルテム様のズボン、同じ色ですよね」


「パンツって言いなさいよ。ダサいヮ。それが何?」


「キラキラしてて、とても映えますよね」


「スパンコール? そうね。あーしは流行の最先端にいるの。いつもお洒落でいたいのョ」


「それ、衣装にします」


「はぁ⁉」



 私は紙とペンを出すと、適当に絵を描いた。

 褒められるような画力は無いが、伝わるだろう。しかし、アルテムの表情は苦虫を嚙み潰したような顔で私の絵を見ていた。



「ざっくり、このような形にしようかと」


「……これを、絵っていうわけ?」


「ダメですか?」


「ダメ。全っ然ダメ! 下手くそにもほどがあるヮ! それに、そんなダサいのは嫌!」



 アルテムは私から紙とペンをひったくると、さらさらとデザインを書き込んでいく。

 ダンサーかと思ったが、絵心もあるらしい。



(それもそうか。文化って舞踏だけじゃない)



 アルテムはデザインをかき上げると、私に突き付けた。



「せめてこうじゃないと」



 アルテムのデザインはかなり凝っていて、パンツスタイルは変わらないが、装飾が多く、二時間で作り上げるには時間が足りない。トリスが布を買って戻って来てからだと、一時間半。彼女のデザイン通りに作るのは不可能だ。



「少々デザインを変えませんか? これをその通りに作るのは時間が足りません」


「……嫌」


「せめて、この飾りは」


「その飾りが大事なの! これは絶対外せない!」



 アルテムが拘る胸元の飾り。プラスチックで出来ていたフェイクジュエルだが、拳大のものを今から準備するのは大変だ。

 しかし、アルテムはこれが無いと嫌だとごねる。



「これは、照明を反射するようにデザインしてたのョ。お客様を引き付ける、大きな宝石と錯覚させるための。これは、あーしの意図したデザインなの。本物じゃない宝石だって、キラキラ輝くことが出来る。『誰もが輝ける宝石になれる』って表現するためなのよ」



 アルテムは段々泣きそうになってきた。

 ショーが成功しなかったら、衣装が間に合わなかったらと不安になってきたのだろう。涙を隠すように拭う彼女に背を向けて、私は楽屋を見渡す。

 何か使えるものは無いだろうか。


 ふと、空の香水瓶を見つけた。

 小道具だろう。意匠は良いが、噴射口がなく、ただの小瓶でしかない。



「わかりました。その飾りは解決しましょう」


「……出来るの?」


「出来ます。……思ったより時間がかかりそうですね。他のデザインを変更しても良いですか? もう少し直線的に、作る時間を削りたいところです」


「じゃあ、ヒノモト国の大昔の衣装を参考に、こういったデザインはどう?」


「いいですね。届く布にもよりますが、これなら応用が利きそうです」



 私はアルテムと話を進めて、衣装の案をまとめる。

 最初に提案したものからかなり形が変わったが、上手くデザインがまとまった。

 ちょうどその時、ミゼラとトリスが布を抱えて戻ってきた。



「トリスに選ばせるよりも、アタシが選んだ方が良いと思って一緒に買ってきたわ。間に合うかしら」



 私は時計を見やる。

 あと一時間と十五分。



「——大丈夫です」



 私は袖を捲った。ここからは、農民の意地だ。

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