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12‐2 『申』の血族の変わり者

 ショー当日は、ミゼラもいつも以上に派手なメイクをする。

 アイシャドウもいつも以上にキラキラで、マットな色のリップで派手な色をまとめている。

 服装も刺繍がたっぷりのジャケットを羽織って、ネイルも変えた。こんなに派手に着飾るミゼラは初めて見た。

 トリスは見慣れているのか、ミゼラの姿をほどほどに褒めて馬車の用意をしに行った。


 私はいつも通りの格好をしていたが、これではミゼラが浮いてしまう。

 せめて服装だけでも変えてこようか。そんなことを考えていると、ミゼラが私の顔をじっと見つめる。


 やっぱり浮いてしまうだろうか。

 どうしよう、約束はキャンセルなんて言われるだろうか。



「——アイシャドウにラメを足して、リップを変えましょ。ちょっと来て」



 ミゼラが急にそう言って、私を自室に連れて行った。

 彼の部屋のドレッサーは、どの家具よりも高価で美しかった。

 もちろん、ミゼラが使っている家具はどれも一級品で美しいが、ドレッサーは特に手入れに気を遣っているようだった。

 ミゼラはドレッサーの引き出しからアイシャドウのパレットとリップを出す。管理しているメイク道具は全て整然としていて、埃も無ければ劣化した道具も無い。


 一目で「お洒落が好きなんだ」と分かる。ミゼラは私をドレッサーの前に座らせると、「目を閉じて」と言った。



「アイシャドウにシルバーのラメを足して、目元を強調。あなたは赤い瞳が魅惑的だから、金色は瞳がかすんでしまう。瞳の上に乗せることで、上品できれいな仕上がりになる」



 ミゼラはアイシャドウの手直しを済ませると、私の口からリップを拭き取る。

 濃い赤のリップを筆にとって、ミゼラは優しい手つきでリップを乗せた。



「明るめのアイシャドウを使っているから、唇を締め色に使いましょう。内側から色を乗せて、軽くぼかしたらグラデーションになって綺麗だわ」



 ミゼラは簡単にメイクを直すと、私に手鏡を渡す。

 私は鏡を見て、目を見開く。ほんのちょっと手直ししただけで、こんなにも違うのか。

 彼のドレッサーの鏡で自分の姿を確かめる。まるで貴族のような姿に、私は思わず見とれてしまう。



「……すごいですね。さすが、ミゼラ様です」



 私が彼を見上げると、ミゼラはなぜか驚いた表情をしていた。

 黙って私を見つめているから、私は首を傾げた。早く行かないと、トリスが待ちくたびれてしまう。



「……ミゼラ様?」


「へっ? あ、あぁ、そうね。行きましょ」



 ミゼラは我に返ると、足早に玄関に向かった。

 偽とはいえ、婚約者を置いて行くとは。……いいや、偽だから気にしないのか。


 私は彼を追いかけた。ミゼラの焦った背中が見えた。


 ***


 遠目から見てもキラキラしている。

 私が知っている劇場を、三倍輝かせたようなそれは、サルの家紋を掲げている。

 動物の家紋は十二血族の証ということは学んだ。なら、ここはミゼラの知り合いの劇場だ。



「ミゼラ様、サルの家紋です」


「えぇ。『申』の血族直属の劇場ね。『申』の血族は、文化を司る。伝統的なものから、最近のものまで。音楽も遊戯も、有形無形も文化は全て『申』の管理下。特に今の当主アルテム・イナウディトムは革新的。彼女は流行の火付け役としても有名よ」



 ミゼラは簡単に説明してくれた。

 やはり、国の中心は十二血族にあるのだな。文化さえ管理しているとは。

 馬車が停まって、ミゼラが馬車から降りる。私も降りて彼について行くが、ミゼラは劇場に入ってまっすぐに控室に向かう。

 演者に知り合いでもいるのだろうか。だとしても、勝手に入って行くのは良くないのでは?


 しかし、ミゼラは楽屋の前で演者と話している人物に声をかけた。



「アルテム……」


「ありえないんだけど! なにしてんのホント!」



 ミゼラが声をかけた人物は声を荒げていた。

 オレンジに緑のメッシュが入った髪を、幾つもの三つ編みで固め、頭の高い位置で束ねている。

 全身がラメなんじゃないかというくらいギラギラした格好で、ビビットピンクのパンツが眩しい。


 ミゼラがもう一度彼女を呼ぶと、「ぁによ!」と怒り声で振り返った。

 ゴールドのラメの入ったアイシャドウに、漆黒のアイラインが鋭く伸びる。つけまつげは二枚使っているだろう。深緑の瞳が、ミゼラをまっすぐ見つめていた。



「ミゼラ⁉ やだ、来るなら言ってョ! 知ってたら迎えに行ったし!」


「ショーが観たいから来ただけよ。挨拶はついで。それよりトラブル?」


「そうョ! ホント有り得ないったら」



 アルテムはカンカンに怒っていて、彼女に怒られていた演者はボロボロと涙をこぼしていた。

 私はドアが少し開いている楽屋を覗き見る。隙間から見える位置に、焼け焦げたドレスが見えた。

 アルテムはため息をつく。



「楽屋はたばこ禁止なのに、たばこを吸ってたのョ。あーしに気づいて慌てて捨てたら、それがドレスの裾に落ちてボヤ騒ぎになっちゃったの! 火事にはなんなかったけど、あーしが着るはずのドレスが燃えちゃって……」



 アルテムはドアを大きく開けて、燃えたドレスを見せた。

 ミゼラも表情が険しくなる。

 ドレスの裾はちりちりに焦げて、胸元の飾りも熱で溶けてしまっている。幸か不幸か、セットのヒールは無事だ。



「……二時間後には、あーし出番なの」


「予備は、用意してないの?」


「一点ものなのョ。オーダーメイドで買い直しもきかない。衣装や道具の部屋は全部火気厳禁で、細心の注意を払ってたのに」



 アルテムは怒りが収まらないのか、髪をぐしゃぐしゃと搔き乱す。



「あんたはクビ! 楽屋のルールも守れないのに、最高の演技が出来ると思うなし!」



 クビを告げられた演者は、泣きながら走って去って行った。

 ミゼラはドレスをじっと見つめてため息をつく。



「どうしましょう。これ、手直しが出来ないわね」


「そうよ。最悪!」



 アルテムは代わりのドレスを探すが、彼女はヒールを見下ろす。

 ビビットピンクのヒールに合いそうな色のドレスは無い。時計を見ると、五分経っていた。



「あーもぅ! どうしよう! 今日はあーしが大トリ。最後の大規模なダンスは、絶対あの衣装じゃないといけないのに!」



 焦るアルテムを、私はじっと眺めていた。

 彼女のドレスと、アルテムのドレスは奇しくも同色。ドレスは胸の飾りは溶けているが、上半身の部分は無事。


 私はミゼラに尋ねた。



「——二時間後までに、ドレスが完成してたらいいんですよね」



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