11‐9 進むべき未来を
アグラヴァのカウンセリングで、私は夢での出来事をそのまま話した。
アグラヴァは茶化すようなこともせず、うんうんと耳を傾けて最後まで聞いてくれた。
アグラヴァは私の夢の話を聞いて、「それが君の答えだね」と肯定してくれた。
私は大きく息を吐いて、目を閉じる。瞼の裏に、ソラシエルの姿があった。
「彼女は私が歩めなかった世界線の私です。彼女は私がいる以上、自分の未来はないと理解しています。だから、私は前を向いて行かないと。本来あらぬはずの世界が未来に進んでいるのだから」
「マル・チロ伯爵の事件は、十二血族としても胸が痛む事件だった。君が帰って来てくれたのは、彼にとって人生最大の奇跡だよ。
君が起こした事件は確かに許されない事かもしれなかった。でも、タウラやイリス、他の仲間たちも君と接して価値観が変わったり、人生が楽しそうになったりしてるから、君は自分の過ち以上の事をしてるんだ」
アグラヴァはカウンセリングの最後に、私に言ってくれた。
「君は、確かにすごいことをしてるんだ。もっと胸を張っていい」
彼女にもそう言ってもらえて、気持ちが楽になった。
悪夢はまだ続いているが、頻繁に見ることは減った。最近は、突拍子もない夢を見ることが増えてきて、眠るのが楽しみになっている。
それも良い兆候だという。アグラヴァは私の回復を喜んでいた。
「君は回復が早いなぁ。体力面でもそうだけれど、若さだけでは説明できない。君には常人以上のタフさがあるのかな。それとも、細胞分裂が異常に早いとか? ちょっと研究してみたいなぁ」
「……ミゼラ様に、アグラヴァ様がそのように言い出したときは、断固拒否するようにと言われておりますので」
「ミゼラの入れ知恵なんて無視していいと思うけどなぁ」
「『以前許可した時、一か月付き合わされて仕事が終わらなくなってしまった』と被害報告を受けていますので」
「あれは! ミゼラのホルモンバランスの変化がちょっとおかしかったからで! ちゃんと一週間で終わらせるよぉ」
「『一週間と言い出したら絶対その期間で終わらない』とも」
「あ、あれ……? ミゼラの時も、そうだったっけ」
アグラヴァはうんうんと唸りながら、研究記録を探しに資料室へと向かう。私はその隙にカウンセリング室を出て、アグラヴァ邸を後にした。
外に出ると、ミゼラとペンスリーが門のところに立っていて、何やら話をしていた。わざわざ馬車の外に出て話をするなんて、気が抜けているのか、暇なのか。トリスが周囲を警戒しているが、ミゼラたちは気にしていない。
ミゼラは少し考えた様子でペンスリーに返答するが、ペンスリーも引く気のない申し出を続けている。
「それは法律の改正が必要になります。そうしたら、年度明けの時に効力を――」
「一部改正なら、半年後からできよう。国の防衛に必要な――」
「しかし、それを有効化するには、防衛法第2章3項が障害になる――」
私には分からない話をしている彼らに、どう話しかけていいのか分からない。
いっそ、放っておいた方が良いのだろうか。
私は気配を消して、彼らの前を通り過ぎようとした。しかし、トリスが私を見つけると、馬車に乗るように合図をする。
私は聞こえないように舌打ちをして、ミゼラたちに近づいた。
馬車の死角から、ナイフを持った男がミゼラに向かって飛び出した。
この至近距離でトリスが見逃すなんてありえない。私に気が逸れた一瞬で距離を詰めたのか。
「白昼堂々、血の気が多いなぁ!」
私は男の腕を掴み、体の内側に腕を回す。
急に引っ張られてバランスを崩した男に足をかけ、男は円を描くように宙を舞い、地面に叩きつけられた。
ナイフを取り上げ、男の人相を確認する。
「トリス、知らねぇ男だ。リストにない」
「そうだな。警察に連絡しよう」
二人でテキパキと刺客の後処理をしていると、ペンスリーは驚いたように私たちを見ていた。
「ミゼラビリス、いつもこんなことが起こるのか?」
「はい。最近は少ないですが」
「もしや、夜間も?」
「……えぇ。ソラとトリスのお陰で、安寧を確保しています」
ミゼラは虚無の目でそう答えた。
ペンスリーは「そうか」と縄で縛られる刺客を眺めていた。
「十二血族は、国の中枢を担い、国が成り立ったその日から続いている。延々と十二血族による政治が続いている故に、反乱も起きやすい」
「えぇ、僕は特に狙われやすいですから」
「お前の先祖は、岩山の奥地に屋敷を構えていた。狙われやすいのを知っているからだ。お前はどうして、首都の近くに家を構えた?」
私が片づけを終えて戻ってくると、ミゼラがペンスリーにこう言うのが聞こえた。
「……寂しくなったんですよ。岩山の上で、一人で眠り続けるのが」
何かの比喩だろうか。でも、私には分からない。
ペンスリーは「そうかね」とだけ言って、馬車に乗った。
ミゼラも続き、私も馬車に乗る。
ミゼラは私を隣に座らせると、「いつもありがと」なんてめったに言わないこと言い出す。
私は内心驚きつつも、ペンスリーの手前表情を殺して「それが仕事です」と答える。
ペンスリーは懐中時計を見ると、「昼時だ」と呟いた。
「外食をしよう。おすすめの店がある。個室があったから、我々でも大丈夫であろう」
ペンスリーの提案に、ミゼラは「ご一緒させていただきます」とお辞儀をした。私も彼に倣ってお辞儀をすると、ペンスリーはトリスに行先を告げて馬車を走らせる。
私は外の景色を眺めていた。
ミゼラとペンスリーの、神妙な空気があまりにも気まずい。




