11‐4 相談してみる
ミゼラ邸に帰ってから、私とミゼラは談話室でリラックスしていた。
暖炉で燃える薪の音を聞きながら、私はミゼラに悪夢の話をする。
当時の記憶を夢でずっと見続けていると話すと、ミゼラは眉間にシワを寄せた。怒っている様子はない。不満そうに腕を組んで、背もたれに背中を預ける。
「いつから?」
「自覚したのはここに来てからですが、フィリアの口振りから牢獄にいる頃も見ていたようでした」
「……どうして相談してくれなかったのよ」
ミゼラは不満そうに言った。
私はあえて、こう返す。
「契約関係でしたので」
私のセリフに、ミゼラはため息をついた。
私たちの関係は、それだけなのだから。それ以上の事を持ち込むわけにいかない。
それが、私なりの線引きだ。
……お互いに距離を縮めるなら、会うべき場所は牢獄でなく、結ぶべきは契約ではなかった。
それが、私たちの関係性を培ってきたものだ。
ミゼラは暖炉を眺めて考え事をする。
私は彼の考えも読むこともせず、ぼうっと天井を見上げていた。
しばらく話さない時間が続いた。
元々、談笑するような仲でもない。話があるときは、いつも仕事の時だけ。
それ以外の会話は、食事の席でするくらいだ。
(でも、リュウマと三人で酒を飲んだ時は、それなりに話したっけ?)
――いいや、ミゼラは早々に酔いつぶれて、私とリュウマの一騎討ち状態だった気がする。しまった。フラン国のワインが美味しかったことくらいしか覚えていない。
くだらないことを思い出していると、ミゼラが口を開いた。
「悪夢の治療って、出来るのかしら」
「へっ? あぁ、何か言ってましたね。心的なんとかこんとかかんとかって」
「ほとんど覚えてないじゃない」
「要は、心の不調です。それは覚えてます」
アグラヴァがかみ砕いて説明してくれたことだけは、ちゃんと覚えている。
「トラウマになっているらしいです。あの事件」
私が怖がっているというところは伏せて話した。
ミゼラは「トラウマねぇ」とぼやく。
二人でトラウマになりそうな部分を抜粋してみるが、どうもしっくりこない。
「人を殺したから?」
「そうしなければ私がどうなっていたか。その辺りは記憶がないんですよね」
「凶器?」
「薪一本が?」
「もっとマシなもので殺せばよかったというか」
「後悔しても、トラウマになりませんよ。殺された側のトラウマでしょう」
「それもそうね。首を落として門に飾った?」
「それは私の一番の傑作です」
「やだ、聞かなきゃよかった」
二人で話をしても、やはり見えてこない。
何が原因なのか。夢に出てくるようになった、《ソラシエル》の存在。
私の中で、何かが変わっているのに。その何かが何も分からない。
「—―悔しいな」
自分の心の動きは、自分がよく分かっていると思っていた。
深く探ろうとすればするほど、見えなくなっていく。
湖に浮かんだ月を掴む様な気分だ。触れようと手を伸ばすと、消えてなくなる。
(私は何だ……?)
ミゼラは時計を見て、立ち上がる。
「まずは夕食ね。あんまり考えすぎても良くないわ。しわになるし、ニキビも出来ちゃう。……こういうのは、専門家に任せるのが一番よ」
「それもそうですね」
トリスが呼びに来る前に、私たちはダイニングに向かった。
とりあえず、沢山ご飯を食べて今日は眠ろう。余計なことを考えるのは、だいたい腹が減っているか睡眠不足だ。
今日の夕飯は何だろう。
ダイニングに着くと、トリスが張り切ったのかいつになく豪華な食事が並んでいた。
ミゼラがそれを見るなりため息をつく。嫌いな料理でもあったか? 苦手なものは無いように見えるが。
「あの子、今日の健康診断が相当ストレスだったのね。料理は美味しいからいいけれど」
トリスはストレスを料理にぶつけるタイプか。確かに、思い返せば豪華な食事が並ぶことがあったな。ミゼラがため息をつくのはそういうことか。ストレスだったことが目に見えて分かるから。
(そういえば、来たばっかりの頃は毎日豪華な飯だったな)
テーブルマナーを覚えるためだと思っていた。それにしても時間と手間をかけるような料理が多いと感じていた。
最近はあまり手間がかからない料理が多かったから、力の抜き方を覚えたのかと思っていたが、ミゼラの発言が本当だとしたら……—―
――……私がストレスの原因だったのか。
ミゼラは席に着いて料理を皿に盛るが、私はトリスの仏頂面を思い出して、素直に食べられない。
料理は格段に美味しかったのだが、いつもよりスパイスが良く効いていた。
***
夕食後、ミゼラは電話をかけた。
その相手はなかなか電話に出ない。
コールが鳴り続ける時間が、とても長く感じた。
遂に電話に出ず、コールが途切れる。ミゼラは諦めて受話器を置くと、直ぐに折り返しの電話がかかってきた。
ミゼラは受話器に耳を当てる。
「……夜分遅くにすみません」
ミゼラは落ち着いた声で、電話の相手に話しかけた。
「最近、ソラの調子が良くないようで。……いえ、体調面ではなく、心理面の方です。……はい、はい。…………これは、僕じゃダメなんです。……ふがいないお願いをしますが、側に居てあげて欲しいんです。数日だけでも」
電話の向こうで長考している。
こういう時、彼の頭脳は頼りになる。特に、ソラに関しては。
ミゼラは大人しく答えを待った。電話の向こうで了承が帰ってくる。
『それが、ソラシエルのためになるのなら』
彼なら、そう言ってくれると思っていた。
ミゼラは感謝を告げて電話を切る。
(これが、きっとソラのためよね)
ペンスリーがこれを知った時、どう行動するかはわかっている。
それが最適。それが正解だと、ミゼラも彼も理解している。
(でも、ソラにとっては?)
ミゼラはソファーに寝そべって腕を顔の上に置く。
大きく息を吐いて、天井を見上げた。
「やだわ。アタシ、思ってたより入れ込んでるのね」
ミゼラは起き上がって残っていた仕事に手を付ける。
これ以上、余計に悩みたくなかった。




