11‐3 亥の血族はお医者さん 2
午前中に行った検査の結果が出て、私はアグラヴァの説明を受ける。
血液検査の結果を聞きつつ、アグラヴァは話をした。
「検査の結果はほとんど問題ないね。肺が炎症起こしやすいから、咳が続いたり乾燥しやすい季節は気を付けて。なんかね、昔肺炎おこしたのかな? みたいな形跡があるんだよね」
「十四歳の時に、咳が止まらないことがありました。そのことかと」
「普通は自力で治らないんだけどね。あとアレルギーは無いけど、杉とかブタクサにちょっと反応があったんだ。もしかしたら、これから花粉症って形で出てくるかも」
アグラヴァは淡々と私の体の事を教えてくれる。
身長の割に体重が少なく、筋肉量はあるがそれでも標準以下なこと。
血液型はペンスリーと同じでAB型。ヘモグロビンが少ないから鉄欠乏性貧血になりやすい体質。
肋骨が折れた形跡があり、少し歪んだ状態で癒着していること。
アグラヴァはある程度説明をすると、「あとねぇ」と別の結果用紙を出す。
「脳波測定の時、過去の話をちょっとしたでしょ。まぁ、結構不躾に聞いちゃったけど。その時、脳波がちょっと変な記録をつけたんだよね」
アグラヴァは言った。
私のかつて犯した罪。それに対する脳の反応は【辛い】【悲しい】【怒り】【喜び】と、様々な結果を残した。その中で、気になる反応があるらしい。
「あたし、医療を司る血族の生まれだし、体の病気も心の病気も、治せる医者でありたいと思ってる。でも、君の神経信号は、自分の罪を犯罪者に無い反応で記録してるの」
「……嫌いな奴を殺して、辛かった生活を自分の人生ごと手放して、これ以上に無い解放感だったのですが」
「口ではそう言っても、科学の前じゃ嘘も明らかにされちゃうよ」
アグラヴァは悲しいような顔で笑っている。
そんなに不思議な結果を出したのだろうか。そこまで言われると、気になってくる。
アグラヴァは口を開く。私はその言葉に、乾いた声が出た。
「────【恐怖】。君は、事件を起こしたのが怖かったんだ」
「…………はっ」
怖い? 命の危機が怖かったなら分かる。でもアグラヴァのセリフはそう言った意味ではないらしい。
「君は事件を起こしたこと自体が怖かった」
「まさか! 自分の意志で、自分の覚悟で行ったことを、怖いだなんて」
「いいや、君は怖がっていた」
「機械が壊れているんです。私は、私は」
「認めろなんて言わない。でも、君は自分に嘘を吐きすぎた」
「そんなことない! 私が恐れていたのは、一生苦しい生活をすることだった!」
気が付けば、喉が痛くて。
椅子から立ち上がって、アグラヴァに噛みつく勢いで声を荒げていた。
私は我に返ると、「失礼しました」と彼女から離れる。
アグラヴァは、「治療が必要かも」と私に告げる。
「きっと、精神面にも影響がある。似たような状況や連想させることを避けたり、うなされるような悪夢を見たり」
「悪夢……」
「そう。心的外傷後ストレス障害と言ってね。トラウマを繰り返して精神を病んでしまう可能性がある。人によっては、死に追い込まれることもあるんだよ。
……心の病気は、科学で解明されていないことも多い。それは数値にもグラフにも出てこない。心療内科を専門とする医者の育成も課題だけど、皆に心も病気になるよってことを知ってもらうことも大事なんだ」
アグラヴァは「絶対に病気とは言わないよ」と前置きした。
それでも、彼女は私にカウンセリングを勧めた。彼女の中で、私はちょっと危ないのかもしれない。
結果の通告が終わり、私はミゼラたちと合流する。
皆、晴れた表情で談笑していた。ミゼラは私に気が付くと、「どうだった?」と尋ねる。
私は何と答えようか、悩んでしまった。
でも、心配させる必要は無いだろう。いつも通りに笑顔を繕った。
「何もありませんでした」
そう言っておけば、何も問題ない。
ミゼラは優しく微笑んで、「そう」と言う。──ほら、何も問題ない。
早く帰って、いつもの生活を。それでいい。それでいいのに。
ミゼラは片手で私の顔を掴むと、笑顔で言った。
「嘘おっしゃい」
頬がぎゅっと押しつぶされて、私が剥がそうとしてもミゼラの手は微動だにしない。
ミゼラは笑顔のまま、私を詰める。
「あなたの悪い癖よ。隠し事があると、一瞬だけ左下の見るの。誰かを庇う時は左上だけど、そうじゃないことは全部左下を見るのよねぇ。どうしてかしら? ねぇ?」
「わ、私も知りたいれふ……」
ミゼラはぱっと手を離すと、腕を組んで私を見下ろす。
不満そうに口を曲げる彼の行動は、良く分からない。
「隠さないでちょうだい。あなたとそれなりに信頼関係を築いてるつもりよ。それともアタシじゃ頼りないかしら?」
ミゼラの言葉に納得した。
契約関係でこそあるが、寝食を共にした仲間でもある。一人で勝手に背負い込む必要もないのか。……そうか、私にも仲間がいるんだな。
そう思うと、どうもおかしくなってくる。笑っちゃいけないのだろうが、思わず笑ってしまった。
ミゼラは急に笑い出した私にキョトンとしていた。私は彼の背中を押して、家路を急ぐ。
「まずは帰りましょう。皆疲れているでしょうし」
「何よ。はぐらかす気じゃないでしょうね」
「ちゃんとお話ししますよ。家が恋しくなっただけです」
トリスは先に馬車に向かい、エリーゼは私たちの先導をする。
私はミゼラと会話しながら彼女について行く。
契約主と、その他。それくらいの朧気な関係に明確な名前が付いた。それだけでどうしてか愛おしい。
私を見下ろすミゼラの目は、とても優しかった。




