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10‐5 『おこし』なる菓子

「『おこし』じゃよ」



 得意げにリュウマは言うが、私もブルームも聞いたことがない。ブルームは頭を掻いて、リュウマに尋ねた。



「ヒノモトと言えば『モチ』と思うとったが、モチとは違うな?」


「餅か! 餅も日持ちする物もあるが、あれはいかんせん、カビやすいでのう。海を渡るなら特に向かんものじゃな」


「なるほど。じゃあその、『オコシ』とは何だば」



 リュウマは身振り手振りで伝えてくれた。

 何でも、米や粟を熱して干して、砂糖や水あめと混ぜて乾燥させたお菓子なのだそう。

 ヒノモトの歴史で最も古い菓子で、国内のあちこちで製造されているのだとか。



「安価で日持ちがして、ヒノモトだけで買える伝統的な菓子。これなら贈答品になるじゃろう」



 ブルームは少し考えると、「そうじゃねぇ」と零す。



「ほんだら、それにしようかね。その『オコシ』はどこで買えるな?」


「ワシが案内しよう! 良い店を知ってるでな」



 リュウマは席を立つ。

 ブルームが伝票を掴もうとすると、リュウマが僅かな隙間に手を入れて搔っ攫っていく。目を疑う速さに、ブルームはむすっと頬を膨らませた。



「わいが出しよるよ」


「お客さんに金を出させるわけにいかんぜよ。ワシが出しちゃる」


「これでも商人じゃい。他国で金銭トラブルなんか起こせやんわ」


「ほんなら大人しゅうして、ワシに委ねたら良いじゃろ」


「金なくて外国来れるかいな」



 伝票一つを静かに取り合う二人に、私はため息をつく。

 この二人だからか、男という性別カテゴリだからか。どちらにせよ、見栄を張る必要もないだろうに。

 私は二人の間を行き来する伝票をひょいと奪った。



「じゃんけんで決めなさい」



 ***


 土産屋が多く連なる商店街。

 見たことのない物がたくさん並んでいるのが、目新しくて首が忙しない。

 目もあちこちに視線が動いて、あれは何か、これは何だと体が勝手に動いてしまう。


 頬を膨らませているブルームも、見たことのない軒先の商品に興味を持っている。

 茶色い丸い食べ物を売っている店に寄ると、一つ買って半分に割る。

 中身を見ながら、半分を食べて「ふぅん」と呟く。



「それは何ですか?」


「『ドラヤキ』というらしい。『アンコ』が入っちゅうメジャーな菓子らしいわ」


「へぇ」


「半分あげるわ。他のも試したいきに」



 ブルームからドラヤキの半分を受け取り、一口かじってみる。

 ふわふわの生地に、しっとりとしたアンコの甘味が口の中に広がって、多幸感が押し寄せる。ほんのちょっと塩が入っているのか、甘さが際立っているのにクドくない。

 これだったら定期的におやつに食べたい。


 リュウマもおこしを売っている店とは別のおすすめを教えてくれるから、なかなか目的の店に着かない。


 金平糖という小さな砂糖菓子を売っている店や、ヒノモトの子供がよく遊ぶオモチャを多く扱っている店。昔ながらの調味料を売っている店や、最近できたばかりの異国調の店など、リュウマのおすすめは数知れず。


 どの店も建物自体が古いから、私が生まれるよりも前に出来た店が多いのだろう。

 リュウマが「このあたりの店は創業が平均五十年くらい」と言ったときは、驚愕した。イーグリンドではありえない。


 ヒノモトの歴史の勉強をしつつ、あちらこちらと寄り道を繰り返し、ようやく着いた店は今まで見てきた店より遥かに古い店だった。



「創業百年の店じゃ。ここのおこしが一番美味じゃ」



 ――百年。

 百年なんて、人の一生分くらいじゃないか。

 店を継続させるなんて、相当な労力と苦労が必要だ。この国の人間は、仙人か何かか?


 暖簾をくぐり、店の中に入るとふわりと甘い香りが漂う。

 店の中は、和菓子でいっぱいだ。先ほど食べたドラヤキやイマガワヤキ、ヨウカンやカンテンなど、日常的な商品や贈り物用の商品も扱っている。

 店の奥から、白髪のおじいさんが出てきて、曲がった背中をさらに曲げて私たちを歓迎してくれた。



《いらっしゃいまし》



 店主のおじいさんは、しわくちゃな顔でニコニコ笑う。

 ブルームと私を見ると、口をあんぐりと開けてリュウマに話しかけた。



《この方たちはイグリスの方ですか? 今は外国人の規制をしていると伺っているのですが》



 おじいさんの言葉を聞いて、ブルームは眉間にシワを寄せる。

 私は言葉を理解できないが、何やら雲行きが怪しいことだけは察した。

 リュウマはおじいさんに説明をする。



《この方たちは、贈り物を買いに来ただけじゃ。物売りの格好をしているが、こちらの規律には従ってくれている。ワシがおすすめしたんじゃ。買うだけなら許せ》


《そうおっしゃるなら、それに従いましょう。では、何をお買い上げで?》



 おじいさんはブルームに向き直る。笑顔は変わらない。

 ブルームは違和感を感じながらも、リュウマが勧めていたおこしを購入する。

 取引先に配るとはいえ、ブルームの人脈は幅広い。

 ブルームはリストの人数を数えておじいさんに伝えると、おじいさんは数の多さに驚いて入れ歯を落としてしまった。

 リュウマもリストを見せてもらって、人数を数える。数え間違いでないことを確認すると、頭を抱えた。



「この量を用意するとなると、最低三日は待ってもらう必要があるのう。それでも大丈夫か?」


「問題あらん。五日ほど滞在する予定じったけん。それぐらいなら待てるじゃ」



 ブルームはおじいさんにもそう伝える。

 おじいさんは《それなら》と、注文通りの数を用意すると言ってくれた。

 ブルームはおじいさんに無茶をお願いすることを詫びながら、先に代金の半分を支払った。

 おじいさんは注文書を作ると、ブルームにサインを求める。

 ブルームがサインをすると、予定日を書いて彼に渡した。



《三日後の夕方、四時には出来ますんで。その頃にまたいらしてくださいな》


《分かった。よろしゅうな》



 取引が終わると、ブルームは店を出た。

 おじいさんが店の奥に戻ると、リュウマは次のおすすめへと案内しようとした。

 私は気になっていたことを尋ねる。



「イーグリンドが規制対象になった理由はご存じですか? この店の店主も、ブルーム様も、顔が暗いようでしたので」



 私の質問に、リュウマは目を逸らす。

 聞かれたくないことだったか。私は少々踏み込み過ぎたらしい。

 私は質問を撤回しようとしたが、リュウマは「すまんな」と頬を掻いた。



「規制しとうなかったんじゃが、せざるを得ん。これは、国内でかなり危険度が高い問題なんじゃ」




「──麻薬の流通が、爆速で広がっておる」




 リュウマは声を落とす。誰にも聞こえないようにしているつもりだろう。

 暖簾の向こうでブルームが、「ふぅん」と冷たい声を出した。

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