10‐4 街を案内
少し歩いて、リュウマは私たちに乗り物を見せる。
「これに乗って移動するきに」
リュウマが指したのは、二人掛けの椅子に車輪が付いたような乗り物だった。近くに男性が待機していて、乗り物の側を離れない。
御者か? 盗難防止の監視役か? どちらにせよ、イーグリンドにないから珍しくてたまらない。
じっと見つめる私に、リュウマが教えてくれた。
「あれは『人力車』じゃ。椅子に人が乗って、手前の長い棒を持って人が引く。国内外で人気なんじゃ」
では、人力車の前で待機しているのが、それを引く人なのか。
でも一台しか見えない。これでは一人、乗れない人が出る。誰か走ってついて行くのだろうか。
リュウマが私の手を取って、人力車にエスコートする。後ろにもう一台待機してるのを見つけて、私は安心した。
後ろの人力車に乗ると、隣にブルームが座る。
人力車の運転手は、私たちの膝にブランケットをかけてくれた。
《走行中は冷えますので、これで少し温かくなるかと存じます》
――聞き取れない。
私が困っていると、ブルームが通訳してくれた。
細やかな気遣いに、私は感心する。
リュウマが前の人力車に乗り、街に向かって出発した。
運転手が棒を持ち上げると、傾いていた車体が真っ直ぐになる。
ゆっくりと走り始めた人力車は、スピードに乗ると、馬車と遜色ない速さで走っていく。
思いの外早いスピードに私が驚いていると、ブルームが「最初はそうよな」と言った。
「この国の人っちのは、骨が丈夫でタフじゃけぇ。わいらが思っとうより強い力がある」
そう言って、ブルームが歩いている人を指さした。
そこには大きな荷物を四つほど担いでいる女性が居た。身の丈より大きな荷物なのに、歩いている彼女は息が上がっている様子がない。
「あの女性が担いどるんは俵っちゅうて、中に米が入ってるもんでや」
「へぇ、食料なのですね」
「一俵60キロある」
「それ四つですか⁉」
タフにも程があるだろ。
一つでも体重を超える重さなのに、軽々と背負えるなんて。
よく見たら、荷車を引いている人たちも、自分の背丈以上のものを載せて押して歩いている。
見るからに重そうなものを、投げて積んだり、両手で持って走ったり。
本当、国が違うと文化も、他人も違う。
こんなことがあっていいのか。この国と戦争なんか起きたら、ロイでも勝てるか自信がない。
(いや、彼女なら喜んで突っ込んでいきそうだ)
ふと気づけば、街の様子が変わっていた。
木造建築の多かった景色が、いつの間にか石造りの建築に変わっている。
茶色い世界が、白く変わっている。屋根も、桃色や緑などカラフルに変わっている。
服装も、ワンピースのような服から、自国でよく見るドレスの様に変わっていて、馴染みがある様子に、ちょっと安心感があった。
ある地点まで来ると、人力車が停まった。リュウマが降りると、ブルームも降りる。私も降りようとすると、うっかり足を滑らせて落ちそうになった。
「やべっ!」
ブルームが私を支えて、そっと地面に降ろしてくれた。
「すみません」
「気にしな。大丈夫け?」
ブルームから離れて、私はリュウマについて行こうとした。が、足元がガクンと崩れる。
見ると、靴のヒールが折れていた。足を踏み外したときに、折れたのだろう。着替えこそあるが、替えの靴は用意していない。これでは歩けない。
異変に気付いたリュウマが私たちの方に駆け寄ってきた。
「どうしたんじゃ?」
リュウマは私の靴を見ると、険しい表情になる。
根元から折れたそれに、リュウマは街を見渡して靴屋を探す。だが、ここから見える店は、ほとんどが食べ物を扱っていて、靴を売っていそうにない。少し歩いた先にあるかもしれないが、たどり着けるかどうか。
「もう一度、人力車に乗ってもろうて靴屋まで……いや、人力車じゃ通れんのう」
「わいが買っちこようか?」
「いえ、お気になさらず」
私は折れてない方の靴を脱いで、ヒールを強く握る。
力いっぱい折り曲げて、ヒールを折った。それを履いて、バランスを取る。
「これで歩けます」
いない筈のミゼラの怒号が、聞こえる気がした。
***
新しい靴を買って、茶店に入る。
お菓子とお茶をたしなむが、団子というお菓子はあまり味がしないし、緑茶は苦くて飲みにくい。
リュウマとブルームは美味しそうに食べているのに、私だけ美味しくない。
――私は味音痴だったのか。
どうせ庶民舌ですよ。美味しいものなんて食べ慣れてないもんね。まだ貴族のフリして一年も経ってないもんね。
でも森に生えてる野草とかは美味しいから。食べれる雑草とか知ってるからぁ。他の人よりゲテモノ食べれるもんね。不味いものを不味いとか思ってられる生活じゃなかったもんね。
勝手に拗ねていると、ブルームが「菓子を先に食べて、お茶で流すんや」と教えてくれる。
その通りにすると、お菓子で緑茶の苦みが抑えられて飲みやすいし、緑茶の後に食べるお菓子は甘さが際立って美味しい。
食べ方次第で繊細な味を楽しめて楽しい。しかも、お菓子は紅葉や小鳥など、見た目にも気を遣っていて、目でも楽しめるようになっている。
一息ついたところで、ブルームがリュウマに切り出す。
自国での贈答品に向いたものを探したいと言うと、リュウマは少し考えた。
「ヒノモトっぽくて、日持ちがする。贈答品向けのものか」
何かあるだろうか。
リュウマは少し悩むと、「良いものがある」と得意げな顔をした。
「古来よりヒノモトに伝わる伝統的なものでな。多少好みは分かれるかもしれんが、小さな子供からお年寄りまで食べるよい菓子がある」
ブルームが「ほう」と興味を示す。
一体なんだろうか。リュウマはピッと指を立てて言った。
「──『おこし』じゃ」




