10‐3 ヒノモトで再会
ブルームが向かったヒノモト国は、極東にあると聞いていた。
聞いていたし、それなりに遠いと分かっていた。──はずなのに。
船に揺られること一週間。ようやく着いた陸地に私は足を震わせる。
船旅がこんなに長いとは思わなかった。せいぜい三日かそこらと思っていた。
ブルームが荷物を少ないと言っていたのはこれか。たしかに、あと五日分は必要だったかもしれない。
船上で洗濯はできたし、食料も困らなかったけれど、ずっと船の上で揺れていたから少し酔った。船を降りた今も、まだ船に乗っているような気がした。
「やっと着いた……」
私は膝に手をついて、大きく息を吐いた。
ブルームは背伸びをして体を伸ばす。
「今回は早う着いて良かったの」
「一週間の船旅が早い……?」
「いつもは潮の流れや嵐で妨害されゆうけぇの」
「そんなに荒いんですか」
「辿り着ける方が珍しいわな」
ブルームは毎回こんな思いをしているのか。
貿易商というのも、なかなかハードな仕事だ。
「よく行く国は、部下に任すこともあるっちゃん。でも、めったに行くことのあらん国は、何が礼儀で何が無礼か分からへんとこがあるけんの。一等上の人間が直接確かめて教えやらんと、あとでトラブルが出てくるでの」
ブルームは背筋を正すと、港を見回した。
私も、彼に倣ってヒノモト国を見てみる。
木造家屋の多い国だ。二階建ての家の屋根は、黒い平らな石で覆っている。
海風の厳しい場所なのに、朽ちている様子は無い。特別な木材でも使っているのか。
道は土の道で、馬や荷車を押した人が行き来している。人々は、以前会ったリュウマが着ていたものと同じ服を着ている。伝統的な服なのか、単にこれが普段着なのか。
遠くには山が見え、ぐるっと見渡すと、町より山の方が面積が広そうだ。自然に囲まれているのはイーグリンドも同じだが、ヒノモトは自然が人々の生活と調和しているように見える。
必要以上に自然を壊さず、必要以上に作り過ぎない。この国の人は、自然と生きるが何たるかをよく知っているように感じた。
「……いい国だ」
「せやな。わいも思うちった」
ブルームはしきりに時間を確認する。
そういえば、そろそろヒノモトの外交官が来る時間だ。まだ約束の時間まで五分ある。そんなに気にすることはないだろう。
しかし、こちらに向かってくる男が一人。
紺色の服を着て、裾が広いズボンを履いている。……ズボンと形容していいのか?
男は私たちの前に立つと深々とお辞儀をする。
ブルームがお辞儀を返した。私も、彼に倣う。
《遠路はるばる良くお越しくださいました》
相変わらず、聞き取れない言語だ。川を揺蕩うような発音で、眠くなってくる。
ブルームは理解できているらしい。流暢なヒノモト語で話し始める。
《こちらこそ、出迎えありがたく思う。丁重なおもてなしに感謝しよう》
《こちらの都合で不便をおかけいたしますが、何卒ご理解とご容赦のほどお願いいたします。この度、皆様に同行させていただきます》
男が顔を上げた。私はその顔に目を見開く。
《イズモ・リュウマと申します》
「……リュウマ様?」
聞いたことのある発音に、私が反応すると、リュウマの顔がみるみる晴れていく。
ブルームが「知っちゅうが?」と尋ねたので、私はタウラの仕事に付き添った時のことを話した。リュウマはうんうんと、首を縦に動かした。
「久しいのう、ソラと言ったな。息災じゃったか?」
「っ⁉ リュウマ様、イーグリンド語が」
「そうじゃ! あの後、今一度勉強し直しての! 上手くなったじゃろ」
「えぇ、とてもお上手です」
リュウマと再会するとは思わなかった。外交官とはいえ、他にも沢山いるだろう。
案外、世界は狭いのかもしれない。
ブルームも、自国語が話せると知って安心したのか、イーグリンド語で話しかける。
「手土産を用意はしたけっぢょも、渡せない雰囲気かえ?」
「そうじゃな。本来なら、イーグリンドやフラン、アミリカとの交易は控えんといけん。気持ちだけ受け取っておこうかの」
リュウマは手配した乗り物まで案内する。
町の中は、家屋が真っ直ぐ連なっていて、区画整理がされているように感じる。少しのズレもないから、定規で細かく図ったのでは? とさえ錯覚する。
歩いていると、あちらこちらから視線を感じる。
奇異の目で見られてきたから、彼らが見ているのは私かと思っていたが、視線を辿るとブルームに行きつく。
どうやら、ブルームの見た目や服装が気になるようで、ついつい目で追ってしまうようだ。
気持ちは分かる。エスニックで色鮮やかな服を着ていて、浅黒い肌には沢山のタトゥー。琥珀色の瞳も、彼らにはあまりない色だ。自国でも珍しい見た目なのに、ヒノモトだと特に浮く。
全体的に茶色い世界に、突然カラフルな色が現れるのだから。
むしろ私は、髪の色が彼らと同じだから、あまり浮いている感じがしない。しいて言えば、ドレスを着ているくらいしか、見られる要素がない。
ブルームは、周りを観察している私にくすっと微笑んだ。
「前に言うたがろ。国が変われば、常識も変わる。—―黒髪の人の国もあるっちこと、夢にも思わんかったろ?」
自分が珍しく見られていることも気にせず、ブルームはリュウマの後をついていく。
私は自分に偏見を持たない世界に、浮足立ってしまった。




