10‐2 いざヒノモトへ
ブルームの相談に乗った二日後、ミゼラに呼び出されたかと思うと、電話の受話器を渡される。
私が戸惑っていると、「タウラよ」と私に握らせた。
私が電話を代わると、タウラは「お久しぶり」と笑っていた。
『急にごめんね。お願いしたいことがあって』
「……先日のブルーム様といい、タウラ様といい、私が貴族でないことも罪人だったこともお忘れじゃないですか?」
『十二血族の権利で釈放したし、マル・チロ伯爵の娘なら君も貴族だよ』
「以前お会いした時よりフランクですね。で、お願いとは?」
『あぁ、それがね』
ブルームは貿易がてらヒノモト国へ赴こうとしたが、どうやらあちらで一時的な貿易制限がかかっているらしく、ブルーム一人ではどうしようもないらしい。
タウラはブルームからヒノモト国の紹介を頼まれたが、仕事が立て込んでいてヒノモト国に行けないという。
何とか説得したが、商人の他に一人お目付け役と、ヒノモト国の外交官の監視の下での行動が条件となってしまった。
国内で起きたトラブルが原因で、イーグリンドを含めて幾つかの国が規制対象になっているらしい。
『ブルームは一度決めると頑固だからねぇ。ついて行って欲しいんだ』
「ミゼラ様は……」
『年末は忙しいから、断られちゃって。まぁ、皆忙しいから仕方ないけど』
「でも、私じゃなくても良いでしょう。部下の方とか、いらっしゃるかと」
『ブルームが拒否したんだ』
――めんどくさい。
どうして私なんだ。
私がため息を逃がしていると、ミゼラが「行ってきてちょうだい」と頭を掻く。
「ブルームの部下とタウラの部下で行くなら、問題はないのよ。でも、ブルームと一緒に行く連中って、大体ブルームの買い付けた商品をくすねたり、ブルームに自分が買いたい物の真贋を確かめさせようとして、仕事の邪魔になるの」
――なるほど。貴族じゃなくても迷惑を被るのか。
電話越しに聞いていたタウラが『そうそう』と同意する。
案外、十二血族では周知の事実なのか。特別な貴族というのは苦労するな。
私は「分かりました」と言ったが、懸念はある。
電話を置いた直後に、ミゼラに尋ねた。
「私が不在の間のミゼラ様の警護、どうなさるおつもりです?」
私の問いに、ファイルを持って現れたトリスが鼻を鳴らす。
「お前が居なくても、今まで俺一人で何とかしてきた。さほど気にすることもない」
トリスはファイルをミゼラに渡し、私を追い払うように手で合図をする。
私はそんな彼を鼻で笑って腕を組んだ。
「そんなこと言って、外の防衛を一手に引き受けてんのは私だぜ。今さら一人で全部できんのかよ」
「お前が居なかった頃に戻るくらい、困ることは無い」
「寝れなくなるぞ」
「困らん」
「……罠、作っておこうか?」
「……………………頼む」
トリスの強がりを剥がして、私はさっそく罠の準備をする。まずは買い出しだ。ミゼラの許可をもらって、トリスと街に行く予定を立てる。
ミゼラは「ちょっと待って」と私たちを止めると、どこかに電話をかけた。
「……──あ、ブルーム? あなたのヒノモト行き、ソラがオーケーしたから、彼女を連れて行って。あと、ちょっと買い物したいんだけど、商品の配送は出来たかしら?」
ミゼラはブルームの予定を確認し、メモに残す。そして受話器を肩に置くと、「何が必要なの?」と私に尋ねた。
私が必要なものを伝えると、ミゼラはブルームにそのまま伝える。電話が終わると、ミゼラは受話器を置いた。
「今日の午後には届けてくれるわ。出発は来週だから、遅れないようにね」
私はミゼラからメモを受け取り、時間を確認して目を丸くする。
私の表情に、ミゼラは意地悪そうに微笑んだ。
「言っておくけど、時間は聞き間違ってないわよ」
私は大きなため息をついた。
まさか、夜中の二時に出るなんて思わないだろう。
***
全然寝た気がしない。
というか、仮眠とそんなに変わらない。
私は適当に着替えを済ませて、荷物を持って寒い廊下を歩く。
既に冷たい手を吐息で温めて、玄関ドアに手をかける。ふと罠が作動する音が聞こえた。
あぁ良かった。ちゃんと機能している。
試作していた時は大変だった。思った方向に飛ばないし、威力が物足りなかったり。実践中、クロスボウの矢がうっかり侵入者の股間を射抜いた時は、トリスが手伝ってくれ無かった。
ペンスリーの助力が無ければ、完成度低めの罠になっていたかもしれない。
私は外に出て、ブルームの到着を待った。
ほどなくして、ブルームの馬車が到着する。
(うわ~~~すげぇ~~~~~~)
到着したブルームの馬車は、街中で見たことのない形をしていた。
屋根にも積めるだけの荷物を積んで、木製の飾りや木の実を長く連ねたお守りのようなもので、馬車を飾っている。
一般的なサイズの一回り大きく、カボチャのような黄色い色をしていた。窓は大きいのに、ドアは小さめだし、馬車を引いてる馬は足が太くてがっちりしているし。
……これはもしかして、露天商用の馬車では? もしかして、これ、行商車?
ドアが開いて、ブルームが手を振る。
「乗りなっせ」
私が馬車に乗ると、荷物の少なさに驚かれた。
どうやらもっと大きなカバンで来ると思っていたらしい。しかし、私が用意したのは、今持っている中で一番大きなカバンだ。それも、一週間分の荷物が入る大きさだ。洗濯できるかどうかも分からないし、気候でケアが変わるかもしれないし。
私が詰めた荷物にミゼラのチェックも入って、最初の三倍にも膨れ上がったのに。
「荷物これだけなのけ? 少なめに見積もってんのけ? これの他にあらんの?」
「……滞在期間は、多くて五日と聞いておりますが」
「これじゃ商品入らんとよ?」
ただのブルームの職業病か。
私は「商人じゃないので」と言って、馬車に乗り込む。ブルームはドアを閉めると、馬車に発信の合図を出す。
馬車はゆっくり走り出した。ブルームは眠そうに欠伸をしている。




