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10-1 珍しい品物

(──あと、何回見たらこの罪は(そそ)がれる?)



 燃える屋敷を見上げて、殺した領主の顔をじっと見つめる。

 恐怖にひきつった顔は、見ると自分がされた苦痛を思い出して腹が立つ。けれどもう、怒っているのも疲れた。


 何時もの場所に腰を下ろして、私は燃える屋敷を眺めて警察が来るのを待つ。

 手にしたワインのボトルを開けて、口をつけようとする。



「本当にそれでいいの?」



 私と同じ顔の貴族が、また問いかけた。

 ソラシエルだ。私がなれなかった姿だ。


 私は彼女に笑った。



「お前に関係ねぇだろ。これは、私の罪なんだから」



 そう言って、ワインのボトルに口をつける。

 空まで届く火の華を、私は無表情で眺めていた。



(──……やめろよ)



 私の後ろで、ソラシエルが泣いていた。


 ***


 庭の草花に霜が降りる。

 肩が冷える肌寒さに目を覚ますと、エリーゼが一生懸命暖炉の火を点けていた。

 小さい火を絶やさないように薪をくべるが、火種を押しつぶすように薪を置いているので、なかなか火が大きくならない。

 私はシーツを体に巻き付けて、エリーゼを手伝う。


 火を点けるのは得意だ。放火したからではない。

 農民時代は火鉢に火をくべて、そこで料理を作ったり暖を取ったりしていた。

 松ぼっくりや小枝を火種に使っていたが、ミゼラ邸では薪に直接火を点けるのか。



「燃えるのかコレ」



 しけっていたら点かないだろうに。……あぁ、農民の家と違って管理できるのか。便利なものだ。


 エリーゼに火起こしの仕方を教えて、私は着替えをする。

 エリーゼは顔を洗う水を用意して、ベッドのシーツを取り換える。


 私は一人で着替えを済ませると、いつものように化粧をする。

 顔に当たる手が冷たくて、冬の訪れを実感した。


 エリーゼに髪型を整えてもらって、私は今日もミゼラの婚約者を演じる。


 ***



「贈り物?」


 ブルームが取引以外でミゼラ邸に来たと思ったら、急に相談を持ち掛けられた。

 ブルームは出されたお茶菓子をもぐもぐしながら頷く。



「そうじゃ。今年世話になった人たちに、来年も御贔屓にさせてもらうために毎年贈答品をお渡ししとんのだけっぢょも。毎年似たようなものばし贈っとうけん。何かいい案は無いか聞きたいでな」



 そう言われても、私にそんなアイデアがあるはずもない。

 今日のミゼラは在宅ワークのはずだ。彼に聞いた方がいいのではないだろうか。



「ミゼラ様をお呼びしましょうか? 彼なら良い意見が出てくると思いますが」


「……ミゼラは確かに良い意見をくれるども、仕入れ額や返礼する時のランクを度外視しゆう。高価で良い品はもらって嬉しいものに違いねぇら。でもお返しするときに自分の出せる範囲からの品を選べんようになるけぇの」


「なるほど」



 確かに。ミゼラの審美眼は良いが、彼自身が金持ち故に金銭感覚がどこかおかしい。でも、元農民に頼むよりいいのでは?

 私が贈答品で嬉しいものといえば、食べれるもので、かつ、日持ちするものだ。



「ハムはどうでしょう?」


「去年の贈答品に使ったっち、同じものは避けたいのぅ」


「う~ん、では。リンゴは」


「国外の取引先への贈答品にしたった。国内じゃメジャーじゃし」


「……タオル」


「年末のくじ引きの参加賞やき、贈ったら違う意味に取られかねん」


「珍しい方が良いですかね?」


「……そうやねぇ。できたら物珍しい方が受けが良いわい」



 私は自分なりに考える。

 リンゴは国外用、国内用には珍しくてあまり高くないものを。

 フラン国の品ならエリーゼに聞いたら詳しいだろうか。……いや、フランソワの所業を考えたら今年はフラン国で買いたくない。

 かといってあと何がある? 外国の名産品なんて知らないし。


 ジャーマー国はハムとウインナーだっけ? あぁでも、去年使ったんだった。

 オルアンダ国のチューリップ……は、季節じゃないし。



「ベールギ国のワッフル」


「今年の夏に猛暑見舞いで」


「オーケー……です。じゃあ」



 これ以上知ってるものは無い。

 珍しいもの、珍しいもの? あまり流通してなくて、沢山仕入れができて……──



「──……ヒノモト国から仕入れてみては?」



 私がそう言うと、ブルームが「ほう」と顎をさする。彼も盲点だったのか、感心していた。



「ヒノモト国から贈答品を選んだことはあらんなぁ。今年はヒノモトにしてみましょうね」



 ブルームの相談が終わり、ブルームは立ち上がる。

 懐から銀製のブレスレットを出すと、私に手渡した。



「相談料たい。受け取っちくれ」


「もったいないです」


「対価は必要じゃ。ほれ」



 ブルームに半ば強制的に渡されて、私は戸惑う。彼は仕入れリストをまとめながら、さっさと退散した。

 ブルームを追いかけようとするが、窓を見ると彼はもう馬車に乗っていた。こんなにも行動が早い人だったか。私は窓から離れてブレスレットを部屋に置く。

 ペンスリーから贈られた新しいアクセサリーボックスに入れて、背伸びをした。


 今年も残りわずか。

 今年だけで色々あった。……あり過ぎたが正しいか。

 目まぐるしい変化に気持ちが付いてこない。想像もしない格好をして、有り得ないと思っていた世界に飛び込んで。



「──忙しいもんだな」



 最初こそ後悔していたが、嬉しい変化の年だ。



(これが続けばいいけどな)



 続かないのが世の中だと知っているから、これを全身で喜べないのが悲しい。

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