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9‐8 父娘の絆

 夕方、ようやくペンスリーに解放され、ミゼラたちはようやく帰ることが出来る。

 ペンスリーからソラへの贈り物が馬車の半分を占領し、トリスが積み込みに頭を悩ませている。



「メイドも数人派遣しようか。ミゼラビリスの家にはメイドはいない筈だ。色々と不便だろう」


「結構です。優秀なメイドが一人いますので」


「一人だけかね?」


「一人で十分です」



 ソラがそんなことを言っているのが見える。

 今まで一人で生きてきた彼女には、手伝ってくれる人が一人いるだけで何倍も楽だろう。げっそりした様子のソラに、ミゼラはため息をつく。今日くらいはスキンケアをやらなくたって指摘しないでおこう。


 ソラが馬車に乗ったのを見て、ミゼラはペンスリーに最後の挨拶をする。

 ペンスリーの視線が痛いが、気のせいであってほしい。



「ミゼラビリス、お前はソラシエルと契約婚約をしていたな」



 ペンスリーのセリフにミゼラは「はい」と答えた。

 ペンスリーは馬車を見やると、眉間にシワを寄せる。



「娘を利用されるのはとても不満がある。が、もし、本当に婚約する気があるならば、吾輩は娘の意見を尊重するつもりである」



 ペンスリーの申し出に、ミゼラは目を見開いた。

 赤子の頃から大人になるまで、全ての成長過程を見逃したペンスリーだから、てっきり過保護になると思っていた。しかし、彼は聡い。自分の施しの全てが必要ないことを知っている。

 ミゼラは思わず笑った。彼の聡さや観察眼は、ソラにきちんと受け継がれていた。それが面白かった。



「お気持ちはありがたく受け取っておきます。でも、今はその必要ないですので」



 ミゼラが断ると、ペンスリーは安心したように微笑む。

 尊重すると言っておいて、しっかり妨害する気だったのか。


 ミゼラは馬車をチラッと見る。

 窓からソラが見えた。ミゼラがいないから気を抜いて、腕を伸ばしたり欠伸をしたりと、のびのびとしていた。



「彼女とは、あくまで偽装関係ですので。僕にはもったいないです」


「よく(わきま)えているな」


「本当にソラの意見を尊重する気があります?」



 ペンスリーはミゼラに握手を求める。

 ミゼラは彼の手を握った。冷たくて自分よりもゴツゴツした手が、強く握り返してくる。



「……ソラシエルと仲良くし給え」


「お望みとあれば」



 ペンスリーに見送られて、ミゼラは馬車に乗り込む。

 ソラが窓から身を乗り出して、ペンスリーに手を振った。


 ペンスリーは、馬車が見えなくなるまで手を振ってくれていた。


 ***


 ペンスリー邸から帰ってきて一週間が経った。

 ……まだ一週間だ。まだそれくらいしか経っていないのに。


 自室に積まれた贈り物の数々。その全てがペンスリーから贈られたものだった。

 最近発売されたドレスや化粧品、靴やアクセサリーに鞄……全て私に合う色で統一されている。あの三日でよく観察しているものだ。一周回って感心する。

 もちろん、送られてきたのは服飾品だけではない。

 娯楽小説や歴史書、図鑑や占いの本などの書籍に、数種類のカードゲームやボードゲーム、カンバスに絵描き道具一式に最新のクロスボウ。


 嬉しいものもあれば、反応に困るものもあり、私はこのところずっと贈り物を片付けていた。

 やっと部屋が片付いたかと思うと、トリスがげっそりした顔で部屋に入ってきた。それで私はもう察した。トリスの後ろに積まれたプレゼントの箱。



「……業者みてぇな量だよな」


「分かってると思うが、これは」


「マル・チロ伯爵からだろ。今やっと片付け終わったんだ。これ以上入る場所ねぇよ」


「……開いてる部屋は沢山ある。ミゼラ様にかけ合って、一室お前が使えるようにするから」


「まじで頼むぜ。無理」


「とりあえずこれ、部屋の隅に置いておいていいか?」



 トリスと手分けして、荷物を部屋に運ぶ。

 空箱を焼却炉に入れていたエリーゼが戻ってきて、箱の多さに驚いた。一緒に荷物を部屋に運んでいると、今度はミゼラが部屋にやってくる。

 トリスは時計を見て、不思議そうにしてミゼラを迎えるが、ミゼラはトリスに「ありがと」と一言言って、足早に私に近づいてきた。



「今すぐどこかに出かけてきて」



 お金の入った袋を押し付けて、ミゼラは私を部屋から連れ出した。

 私は訳が分からないまま、ミゼラについて行く。



「ど、どういうことです?」


「今日初めてマル・チロ伯爵が会議に参加したの。十二血族の皆が驚いてたのに、あなたを自分の娘だと公表したわ!」


「は、はぁ~~~~⁉」


「どういうこと? あなた、公表しない方向でマル・チロ伯爵と話したって聞いてたんだけど!」


「そう言ったし、そう決めました!」


「っもう! とにかくロイとかイリスとか、タウラでもフィリップでも、誰でもいいから出かけてきて! さもないと」




「さもないと、何だね?」




 玄関まで来て、ミゼラは立ち止まった。

 目の前にはペンスリーが立っている。上から睨み下ろす彼の目は、蛇のように細い。ミゼラは口籠り、私を掴む手に力が入る。私は「あぁ」とミゼラの言う事を察したが、この状況を切り抜ける方法が見つからない。

 ペンスリーがミゼラをじっと睨み続けるのがあまりにも恐ろしくて、私は目を逸らした。



(あ、そうだ……)



 私はミゼラの手を解くと、ペンスリーの前に立つ。



「ミゼラ様は、私に友達がいないと思われることを危惧しているだけです。心配なさらずとも、私には心強い友達がいますのに。……それに、頼れるお父様も」



 私がそう言うと、ペンスリーは「そうか」と微笑んで、視線をミゼラから私に移す。

 私の髪を撫でて、額にキスを落とす。慈しむ様な眼差しが、妙にくすぐったい。



「今日の服はとても良い。贈ったドレスを着てくれたのだな。吾輩の見立て通り、良く似合っている。アクセサリーとの相性も良いな。この世の誰よりも綺麗だ。我が娘」


「ありがとうございます」



 ペンスリーの機嫌がすっかり良くなったところで、私はミゼラと視線を交わす。ミゼラは外に出ろと合図したので、私はペンスリーを散歩に誘った。



「せっかくおめかししたのですから、一緒に出かけませんか? 首都は私も、あまり出歩きませんから、一緒に行ってみたいです」


「そうだな。吾輩も十年ぶりだ。色々変わったかもしれぬ。一緒に見に行こう」



 ペンスリーを連れて、私は一緒に散歩に行く。

 ペンスリーの馬車に乗って、私はペンスリーと会話をする。



「ところで、私との関係は非公表のはずでは?」


「どうせ隠したところで、いずれ知られること。誰かに嗅ぎまわられて知られるのも、吾輩が話して知られるのも同じことであろう」


「嬉しすぎて忘れたのですね」


「ほう、よく見ているな。それでこそ吾輩の娘だ。ソラシエル」


「ソラとお呼びください。マル・チロ伯爵」


「厳しいな。その厳しさはアティーナ譲りだ。──そこも愛おしい」


「聞いてます?」


「怒った姿も良い」


「聞いてませんね」



 見た目に似合わず浮かれるペンスリーと出かけて、私も少し気が緩んだ。

 これが、父親というものなのだろうか。

 首都でウインドウショッピングを楽しむつもりだったのに、気が付いたらまた馬車が埋まるほど、荷物が増えていた。



「マル・チロ伯爵、もう贈り物は必要ありません」


「そうかね? 贈り足りないくらいだ」


「必要ありません」


「…………むぅ」


 ペンスリーが頬を膨らませた。

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