9‐4 ソラとソラシエル
燃え盛る屋敷。
終わりを知らない夢の続き。
私はずっと、あの日に囚われている。
殺した領主の首と、彼らの屋敷は、ずっと私を蝕み続けてる。
求めた解放も、むしり取った自由も、今や私の足枷だ。
手にしたワインも、もう味なんてしない。
この終わらない夢は、私の罰だ。
私の幸せな夢なんかじゃない。
――ちゃんと受け入れるとも。
ワインを飲み干して、私はその場に座る。
……赤く燃える屋敷は、空の星さえ凌駕するほど輝いている。
「本当に、それでいいの?」
私と同じ声の貴族が、私にそう問いかけた。
***
ついに日が昇る。
結局、一睡もできないまま今日が来た。
ベッドを抜け出し、ドレッサーに座る。
目の下の濃いクマを見つめて、持ってきた荷物から化粧品を出す。
オレンジ色のコンシーラーはあっただろうか。なかったら、アイシャドウで代用しよう。まず顔を洗わないと。水を持ってこないといけないな。
部屋を出ようとすると、誰かがドアをノックした。
そのままドアを開けると、数人のメイドが部屋の前に立っていた。
「支度のお手伝いに参りました」
メイドたちは、私の体を丁寧に拭き、着替えを手伝う。
髪を結いあげ、装飾品をつける。支度が終わると、メイドたちは嬉しそうな顔をする。
「お美しいです。ソラ様」
それだけ言って、メイドたちは部屋を去る。
私は、姿見で自分の姿を確認した。
この屋敷に相応しいくらい、綺麗な姿がそこにある。
あったかもしれない、もう一人の私の姿。
そこに強烈な違和感があるのは、農民の私がいるからだ。
「……変な格好」
ミゼラと貴族ごっこを始めた頃の感想が、今出てくるなんて。
でも、これが普通だ。……普通なんだ。
荷物の整理をしていると、朝食の準備が整ったと呼ばれた。
ダイニングに向かうと、既に着席しているミゼラと目が合った。
いつもの派手な化粧をしていない。
男らしさが際立つ顔に、私は自分の格好以上に強烈な違和感を持った。
「ミゼラ様、いつもの化粧ではないのですか」
私が尋ねると、ミゼラは「そうよ」と頬杖をついた。
「十二血族は、世代交代していないところだと見た目にもうるさいの。レープス伯爵がいい例だわ。アタシなりの気遣いよ」
「違和感があるので、いつも通りのお顔が良いです」
「……そう言ってもらえるのは嬉しいわ」
ミゼラはクシャッと笑うと、何かに気が付くと立ち上がる。
こんな辺境で敵襲か⁉ 私が振り返ると、ペンスリーが立ってた。
彼は目を見開いて私を見つめている。
昨日たらふく飯を食わされた。でも食べ頃になるにはまだ早いだろうに。
ペンスリーは私の前に来ると、私をくるっと一周回してまじまじと眺める。
「……良く似合っている。アティーナのように、美しい」
ペンスリーは昨夜同様、私を隣に座らせて朝食を取った。
ミゼラなんて眼中にない。他の十二血族は、仲間であるミゼラとよく話していた。ミゼラが放っておかれる状況が珍しい。
やはり、久しぶりの娘の方がいいのだろうか。会おうと思えば、会える仲間よりも。
「今日は一緒に出かけよう。領地を見せたい」
「必要でしょうか」
「無論。吾輩の娘を、皆に見せたい」
「殺人鬼の市中引き回しですよ」
冷たくあしらっても、ペンスリーはめげる様子がない。
「ミゼラビリス、お前もどうだ」
「遠慮しますよ。再会を、邪魔するほど野暮ではないので」
「ミゼラ様も、領地に興味があるのではないですか?」
「仕事があるのよ。トリスと一緒に済ませるわ」
ミゼラを巻き込もうと思ったが、うまくいかなかった。食事が済むなり、ペンスリーはメイドを連れて馬車を手配する。
私は彼が立ち去った隙に、ミゼラと会話をする。
「なぜ助けてくれないんです!」
「助けたらマル・チロ伯爵に末代まで恨まれるわよ」
「その程度でめげるタイプじゃないでしょう」
「知らないでしょうけど。マル・チロ伯爵は国外の敵を一人残らず葬り去るくらい、国の防衛には手を抜かない。それくらい、執念深くて粘り強いのよ。アタシが生まれるより前の年──敵船の視察があった時、マル・チロ伯爵は情け容赦なく撃ち落としたわ。それも、はるか遠くまで逃げた船を追いかけて全て」
それを聞いて、私は口を閉じる。
確かに、ペンスリーならやりかねない。今だって、私に執着している。人殺しだって、気にしていないのだから。
「……私、貴族のなり損ないですよ。その上領主殺しの囚人です」
「伯爵には、関係ないのよ」
ミゼラは席を立つと、部屋に戻ってしまった。
私はダイニングでペンスリーを待つが、ペンスリーはなかなか来ない。私は一度部屋に戻ろうとするが、メイドにそれとなく妨害される。
仕方なく席に座って待っていると、ペンスリーの準備が終わった。
現れたペンスリーは、綺麗に整っていた。
長くのばしていた髭を剃り、髪も綺麗に洗ってある。
長い髪を切る時間は無かったらしく、後ろに束ねていた。だが、隠されていた顔は、男版の私と言われても納得するくらい、私とそっくりだ。
昨晩見せてもらった写真は目がぼやけて見えなかった。これは確かに、親子だ。
ペンスリーは昨夜のように、私をエスコートする。
私は、まだ悩んでいた。彼を、父と呼ぶには、私は年を取り過ぎた。




