表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

58/113

9‐3 知られざる出生

 夕食も終わり、用意してもらった部屋にそれぞれ向かう。

 ミゼラは、ここにいる間は襲撃を気にしなくていいのか、トリスと離れた部屋でも要望を出さなかった。

 メイドたちがミゼラとトリスを案内するから、私もメイドを待ったが、誰も来ない。ついにペンスリーと二人きりになると、冷や汗が止まらなかった。



(気まずい)



 どうしろというのだ。

 このデカい男と一緒にいて、私に会話なんて出来るものか。ミゼラは助けてくれないし、トリスも相手が貴族だと出しゃばることが出来ない。

 二人になると、ペンスリーは私の手を自分の腕に乗せる。そのままエスコートして、私と廊下に出た。


 ミゼラたちとは道が違う。彼らは左に曲がっていったのに、私だけ右に出た。

 これは、何か試されているのか。いや、私をミゼラたちから遠ざける目的か?

 そんなことを考えていると、ペンスリーは低いけれど、穏やかな声で話しかけた。



「こうして、娘と過ごせるなんて夢のようだ」



 私は地獄のようですが。

 そう言ってやりたい。


 ペンスリーは私の手を包むように手を重ね、慈しむ眼差しをこちらに向けている。



「ちゃんと用意していた。お前の部屋を。……ずっと、ずっと」



 案内されたのは、木製のドアの部屋だ。

 銀の装飾が施されたドアを開けると、ベッドやテーブル、本棚やクローゼットなどの家具が揃っている。そのどれもが年季の入った品々で、とても丁寧に手入れされていた。

 本棚には、絵本から最近流行の小説まで揃っており、歴史書や勉強用の本までぎっしりと詰まっていた。

 クローゼットには、子供用のドレスや真新しいドレス、妻の形見であろうドレスも入っている。



「全て、お前のものである」



 ペンスリーは私の部屋だと、私を先に入れた。私は部屋の中にあるものを見て、思わず泣いてしまった。

 端っこに片付けてある積み木や人形、使うことなく降ろされたモビール。どれも古いものなのに、今日まで大事に磨かれている。



 彼は私を待っていた。

 彼は私が帰ってくると信じていた。



 今日帰ってくる。今日でなくとも、明日帰ってくる。

 きっと、きっと自分たちの元へ。



「……二十年も、待っていらっしゃったのですね」



 私の涙を拭って、ペンスリーは「そうだ」と答えた。

 ペンスリーは一枚の写真を見せた。とても古い写真だ。母に抱かれた一人の赤子。確かに黒い髪と赤い瞳を持っている。

 赤子はきょとんとした顔で、こちらを向いていた。

 ペンスリーとその妻は、穏やかな顔で微笑んでいた。その姿に、胸が詰まってしまう。



「アティーナは四年前に旅立った。お前の帰りをずっと、待っていた。やっと、アティーナに報告できる。娘が帰ってきたと」



 私には、もしかしたら。

 ここで暮らして、優しい両親に見守られて、健やかに暮らす世界があったのかもしれない。そうしたら、農民として生きることも、虐げられることも、領主を殺して監獄行きになることもなかったのかもしれない。


 写真に落ちる私の涙は、ほんのり温かい。

 もしかしたらに、期待している自分がいる。

 けれど、これに縋るわけにいかない。



「釈放の嘆願書にマル・チロ様の署名がありました。ならば、私の罪はもうご存じでしょう」



 私は尋ねた。

 私が十二血族に影響を及ぼしてないかを確認するために、フィリアは必ず来ただろう。そして、彼女は私の写真を持っている。それを見せたに違いない。

 ペンスリーは「無論」と答える。



「写真を見た時、一目でわかった。吾輩の娘だと。調べたとも。今までの事も、ミゼラビリスの元で、何をしているかも」



 ペンスリーは知っていて署名をした。

 彼はメイドにある記録を持ってこさせる。それは、私に関する調査書だった。

 私は誕生日も確認し、私が誘拐された時期と私が村に保護された時期も確認する。ほぼ一致していた。

 私を誘拐したのは、国内で人身売買をしてる組織だった。身代金で組織の運営費を確保するも、私をマル・チロ夫妻に返すことなく、人手不足を嘆いていた村に売った。


 しかし、その村は私の見た目を忌み嫌い、あのような仕打ちをしたという。

 そこから先は、私の記憶と同じ。されたことも、したことも詳細に記録されている。


 それを知ったうえで、ペンスリーは私を娘だと言った。

 人を殺した女など、見捨てれば良かったのに。



「……──ならば、なおさら人違いです」



 ここまで証拠を出され、悪あがきにも近い所業をする。

 調査書を返し、彼に向き直った。



「私は、ソラシエル・マル・チロではありません。ソラ・アボミナティオです」



 知ってしまった。自分の出生。

 知ってしまった。自分にあるかもしれなかった道。


 知りたくなかった。私にあった世界線。


 ここで生きていく道をペンスリーは提示してくれている。

 それを、自分の手で閉じないといけない。


 だから、私はありのままを、彼に見せないといけない。



「……やめろよな、殺人鬼を娘と呼ぶとか正気の沙汰じゃねぇ。私は確かにあんたの娘だったかもしれねぇ。でも、もう他人だ」



 引き返せない。

 引き返せるだけの場所にいない。

 血に染まっている。私の手は汚い血で染まっている。


 それ以上近づかないでくれ。

 それ以上私に手を伸ばさないでくれ。



 その手を掴めるほど、私はきれいじゃない。



 人を殺した。

 人を殺した。

 ミゼラと契約して、今もこの手を汚している。


 ペンスリーは無表情だ。

 私は彼を拒まなくてはいけない。そうしないと、お互いのためにならない。



「こんなもんを、家族だというなよ。十二血族の名が廃る」


「……お前が、サーペンスの名を継ぐのにか」


「さっさと切り捨てて、別の誰かに爵位を譲れよ。私に何ができるってんだ」



 分かってる、自分がここに相応しくないことに。

 気づいている、自分の中の期待に。


 相反する気持ちが、胸の中で渦巻いて吐きそうだ。

 こんな思いをするくらいなら、ミゼラに誘われた時に断ればよかった。


《私に家族? いるわけないですよ。クソみたいな田舎の農村で暮らしてて、今更ひょっこり出てくるわけないでしょ》


 そう言えば、彼の言葉に期待しなくて良かったのに。


 ペンスリーは私の髪を優しく撫でると、「今日は休み給え」と額にキスを落とす。

 幼い子供を寝かしつけるように頬に触れて、彼は自分の部屋に戻っていった。

 私はベッドに腰かける。部屋にあるもの全て、見たことがないのに懐かしい。


 この気持ちを大事にしたい。それでも、これを受け入れてはいけない。



「眠ろう」



 私はようやく、寝転んだ。

 高く昇った月を見つめて、私は息をつく。

 ……眠れるだろうか。今日は、人生の今までで一番、恐ろしく長い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ