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8‐9 ソラ、救出

「あと一人……」


 ミゼラは頭を抱えていた。

 ソラを釈放するための、十二血族の許可証集めが難航していた。

 フィリップを始め、ソラを知る仲間たちは協力してくれた。

 今のところ、レープス伯爵から協力の手紙が来たことは驚いた。ソラにあまり良い印象が無いはずだったが、イリスが何とか説得してくれたようだ。


 しかし、あと一人。

 ミゼラ自身がその一人になれない以上、誰かを説得する必要がある。

 誰を説得しよう。誰なら、味方になってくれる?



(でも、誰もソラを知らないのよね)



 他の仲間にある情報はソラが罪人であること、彼女をミゼラが連れ出したこと。

 それ以外に無い。それだけで、どうやって懐柔できるというのか。タウラに頼るか? ……いいや、それでは解決できない。


 書いては捨てて、手紙の紙くずを机から落として、ミゼラは新たな紙にペンを走らせる。また紙を丸めて床に落として、髪を乱雑にかき上げる。


 ため息をついて、新たな紙を手に取ろうと伸ばす。



「……あら」



 覚えていないほどくり返したらしい。

 手紙はすっかり無くなっていた。

 トリスに追加で持ってきてもらおう。……まだ予備があっただろうか。

 買ってきてもらった方が早いだろうか。



「美しくないけど、もう紙であれば何でも……」



 ミゼラが呟くと、書斎にトリスが駆け込んできた。

 驚いている様子のトリスが手にしていたのは、一通の手紙。

 ミゼラはそれを受け取ると、目を丸くした。


 ***


 ――こんな贅沢があっていいのか。


 最初に投獄された時よりも、食事は栄養バランスが整っているし、毎食デザートが付いている。風呂とは言わないが、毎日温かいシャワーを浴びられて、簡素ではあれどちゃんとした服が着られるし、しかも服もベッドシーツも毎日洗濯してもらえる。


 こんな待遇、以前ではありえなかった。

 ダル絡みしてくる看守もいないし、これを快適と言わずして何と言うか。



「っはぁ~~~~。極楽極楽」



 空になった食器を檻の前に置いて、私はベッドに横たわる。

 下品にゲップまでしたくらいにして、私は夜ご飯の時間まで昼寝をする。

 この一週間はそんな生活だ。労働もないのは暇だが、これはこれで悪くない。



「……このまま一生」



 ぽつりと呟いた。

 この先十年、いや、死ぬまでこのまま。

 ずっとここで起きて、眠る生活が続く。


 ――領主を殺しただけで。

 虐げてきた人を、殺しただけで。


 フィリアの言い分は最もで、私もそう思っている。それでも……──



「割に合わねぇなぁ」



 今までの苦痛を、命で取り立てただけで、こんな小さな部屋で過ごすなんて。

 この世の司法はどうなっている。……いや、フィオナの家が、司法を管理しているんだっけか。

 彼女の父親が法律? くそくらえだな。


 大あくびをして微睡んでいると、檻を金棒で叩かれた。

 うるさい音に飛び起きると、フィリアがなぜか驚いた顔をして立っていた。



「起きていたのか。すまない、寝ているものだとばかり」


「声かけを知らねぇのかボケ!」



 フィリアは牢屋の鍵を開けると、私を連れ出す。

 労働の話だろうか。禁固刑ではないし、ずっと寝ているわけにもいかない。

 どこの労働だろうか。料理場か、封筒作りか。裁縫かペン作りか。

 そういえば、ここは畑作業も労働にあったな。選択制だったか、指名制だったか。どうせなら畑がいいとごねてみよう。フィリアなら聞いてくるだろう。


 そんなことを考えていると、案内されたのは面会室だった。

 デジャヴのようなものを感じてドアを開ける。気のせいであってほしい。


 微笑んで座ってるミゼラと目が合った。

 フィリアも同席し、ミゼラとの面会が始まった。



「……久しぶりだな」


「口調」


「継続してんのか?」


「まだ契約中よ。アタシは解約した覚えもないし、あなたは破棄もしていない」


「……それもそうですね」



 私はミゼラの家にいた時の口調に戻す。

 すっかり元に戻ったと思っていたが、あれだけ矯正されたのだ。体が忘れるわけがない。

 ミゼラはテーブルの上に、ある書類を置く。

 無言で私に読めと圧力をかけて、私はそれに目を通す。


 そこには十二血族の署名による、警察局局長宛ての嘆願書と、私の釈放許可証が揃っていた。



「……これは」


「あなたを、正式にここから出すわ」


「フィリア、あなたはこれでいいのですか」


「良くない。全く良くない」



 案の定な答えが返ってきて、私は鼻で笑った。ミゼラも同じような反応をする。

 フィリアは臭いものを嗅いだような顔で、その書類を見下ろしていた。

 私は「そうですよね」と書類を置いた。しかし、それを私の手に戻したのは、ミゼラではない。

 フィリアは「良くないが」と、言葉を付け足す。



「これは公的な文書で、私の権力を凌駕する力がある。それに……私自身、お前にここを出てほしい」


「どうしてです?」


「……お前のせいで、父上がうるさい。毎日監獄に視察に行くと騒ぐのを、止める身にもなってくれ」



 私のあの一蹴りは、どうやらカーニス伯爵を全治二週間の傷を負わせたらしい。しかも、囚人にケガを負わされたことが気に入らないのか、フィリアに迷惑をかけているようだ。

 フィリアは疲れた目で遠くを見つめる。つまり、この公的文書を用いて、伯爵を止めたいのだ。


 書類にフィリアの捺印を受けて、書類を持って私は晴れて自由の身となった。

 ミゼラの馬車に乗るとき、トリスが私を見て目を細めた。優しそうなその目に、私は口の片側を上げて答える。


 馬車に乗る前、見送りに来てたフィリアが尋ねる。



「お前の境遇は同情する。だが、お前の罪は許せない。お前は、自分の罪と、どう向き合っている? それと、お前がされたことに対しての、彼らの罪とどう向き合った?」



 ――くだらない。罪人にそんなことを聞くなよ。

 警察局局長だろうが。そんなの、誰よりも知ってるじゃないか。



 私はミゼラが馬車の中にいるのを確認して、私は彼女に向き合った。



「……知らねぇよ。私は、彼らの命を取り立てて、傷を癒した。でもそれで癒しきれてない。バカだよな。二十年の苦痛が、あの一夜で癒えるわけがないのに。

 でも、お前はそうしなかった。お前は勇気があった。私の弱さと違う、強さがあった。育てりゃわかるよ。きっと」



 私にはそう言うしかない。

 私はまだ、自分の痛みに苦しんでいる。自分なりの決断も、決意も、何の役には立たなかった。

 それを、伝えるしかない。それしか、彼女に出来ることがない。


 私は馬車に乗った。

 ドアが閉まると、フィリアは敬礼して、私たちを見送った。

 ミゼラは何も言わずに隣に座っている。


 馬車が家に向かって走り出す。

 私は道中、渡された書類を眺めていた。

 十二血族の署名は、見慣れた名前ばかりだった。



「レープス伯爵の名前が……」



 イリスの件で嫌われていると思っていた。

 イリスが説得したのだろうか。彼女に父親を動かす力を持っていたのか。思いの外、(したた)かな令嬢だ。



「………………ん?」



 見知った名前の中に、見慣れない名前があった。

 誰だ? 何の血族だ?



「—―『巳』の血族?」



 ミゼラに尋ねると、ミゼラも困ったような表情をする。



「あぁ、意外な人物よ。この国の辺境に住んでいて、会議にも出ないくらい外に出ない人だわ」


「そんな人がどうして」


「それが、どういうわけか」



 ミゼラは一息置いて、私に言った。




「あなたの父親だと名乗ったのよ」




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