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8‐7 知らない姿

「はぁ~、殺人罪なぁ」



 剣の手入れをしていたロイは、特に驚く様子はない。

 今までの反応と違うそれに、フィリアも眉を上げる。



「驚かないんだな」


「そりゃあまぁ、驚いてるっちゃ驚いてんだけどさ。ちょうどこないだの秋の決闘で戦ってんだよな。人の急所を狙いに行く姿勢とか、叩っ斬るときの力加減とか、っぽいなぁ~とは思ってたんだわ」


「貴殿ほどの技術があれば、やはりわかるものなのか」


「確定要素は無かったぜ? ソラの手は、どっちかっていうと弓矢とかクロスボウ系を握ってた手だし。殺意とか圧力的なのが、イベントって分かってる奴とも違ったからな」



 ロイの分析にフィリアは感心しつつ、メモを残す。

 ロイは剣の手入れを終えると、今度は鎧の手入れに移る。ロイは目線こそ鎧にあるが、フィリアの話をきちんと聞いていた。



「ソラ・アボミナティオをどう思った」



 関わりのあった十二血族全てに問うたことを、ロイにも問う。

 ロイは特に悩む様子もなく、スパッと答えた。



「──無邪気な奴」



 ***


 警察署を出る直前、フィリアの動きがぴたりと止まる。

 私はその動きに順応できず、フィリアの背中に追突した。



「いったいな。急になんだよ」



 私が文句を言っても、フィリアは前を向いたまま何も言わない。彼女の挙動がおかしいことに気が付くと、私はフィリアの顔を覗き込んだ。

 瞳孔が開き、瞳は小刻みに揺れていた。息が荒く、冷や汗もかいている。

 明らかな異常に気が付いたものの、彼女に触れるための手は拘束されている。私はフィリアの視線の先に目をやった。


 体中に刺青が入った、人相の悪い男がある部署から出てきた。

 男はフィリアを見つけると、汚らしい笑みを浮かべた。警察官の腕を振り払ってフィリアに近づくと、男は「よぉ」と、馴れ馴れしく声をかける。



「久しぶりだなぁ。おやっさん元気か?」



 フィリアの知り合いにしては、どうにもガラが悪すぎる。それに彼女の性格上、犯罪者と馴れ合うことは無い。

 フィリアは小さく震えていた。男と目を合わせられない。引率するはずの私の腕に、縋るようにしがみついた。



「二年ぶりかぁ? 随分成長したなぁ。あん時は、まだ学生だったっけ」



 下衆な言い方に、私もなんとなく察する。フィリアは「馴れ馴れしい」と、男を制するが、男はゲラゲラと笑って一蹴する。



「お前にすごまれても怖かねぇよ! それともなんだ。力の差を、()()体に分からせてもいいんだぜ?」



 男の物言いに、フィリアは怯えて何も出来ない。

 ……解るなんて言えない。私は≪未遂≫だった。だけど、いや、だからこそ、私が口を出さなくては。


 私はフィリアを庇うように、男の前に立った。

 男は私を睨むが、刺青程度に怯むわけもない。私が睨み返すと、男は鼻で笑った。



「お前、何の罪犯したか知らねぇけど。オレに勝てると思ってんのか?」


「もちろん。むしろ、負ける理由を教えてくれよ」


「あぁ⁉」



 男は私の足を蹴るが、私はそれをさっと避けて、男の足を蹴り返した。膝裏を蹴ったのはわざとではない。男の足が思っていたより短かったせいだ。固い床に膝をついた男に、私はそっと囁いた。



「たかが婦女暴行の罪人が、偉そうにイキってんなよ。自分より弱い奴しか襲えねぇようなバカは嫌いなんだ。……薪で叩き殺すぞ」



 男の顔を、膝を突きさすように蹴ると、男は鼻血を出して気絶した。私はフィリアを押して、男の前から去る。

 フィリアはぽろぽろと泣いて、弱弱しい姿を見せる。私はため息をついて、フィリアに背中を晒した。



「……ちゃんと罪人を押してけよ。局長」



 フィリアは無言で私の背中を掴む。私を押すその手は、まだ震えていた。




 護送車の中、フィリアは私に顔を見られないように隣に座る。

 今日監獄に送られるのは私だけのようで、他の罪人はいない。だから、フィリアは一緒に乗ったのだろう。私は特にフィリアに話すこともなく、監獄に着くまでの時間をぼうっと過ごしていた。


 フィリアが鼻をすする音だけが、時折聞こえてくる。

 しばしの沈黙の中、私たちは虚無の雰囲気に包まれていた。

 仲良く話をする仲でもない。それに、下手な慰めは相手を傷つけるだけだ。私に出来ることはただ黙って、彼女の隣に座っているだけ。──それだけ。


 しばらくして、ようやくフィリアの気持ちが整ったらしい。大きく息をついて、フィリアは姿勢を正した。



「みっともない姿を見せたな」



 まだ鼻声だ。私は気づいていないフリをする。



「恥ずかしいことじゃねぇだろうよ」



 今はそれが精いっぱいだ。

 だが、それ以上に何が必要か。

 私はあえて、フィリアの顔を見ない。フィリアは安心したように、前を向いていた。

 護送車の速さが緩んでいく。そろそろ監獄に着く頃か。

 フィリアは顔を叩いて気持ちを入れ替える。扉が開くときには、いつも通りのフィリアがいる。

 私は車を降りた。

 半年ぶりの監獄に、思わず顔をしかめる。

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