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8‐6 ミゼラ、奔走

「えぇ⁉ ソラ様が殺人⁉」



 急な情報に、タウラは手元の書類を落としてしまう。

 慌ててかき集める彼を手伝いながら、フィリアは「そうだ」と淡々と話を進める。



「貴殿とも仕事をしたとか。その時の様子も聞きたい」


「仕事っていうか、ミゼラの付き添い? 外交官の一人がソラ様に会いたいって言うから、連れてきてもらったみたいな」


「なぜ?」


「ほら、ソラ様って髪の色が黒いじゃない? ヒノモト国は、黒髪の人種だから珍しかったんじゃないかな。異国で同じ髪色の人が」



 タウラは当時を思い出しながら情報を提供した。

 フィリアは真剣に話を聞きながら、タウラに集めた書類を手渡した。

 あらかた話が終わると、フィリアはタウラにも尋ねた。



「貴殿は、ソラ・アボミナティオをどう思った?」



 タウラはう~ん、と唸りながら話す。



「そうだなぁ。貴族っぽくないなぁとは思ってたし、フラン国の礼儀作法もちょっとぎこちなかったし。あんまり物事を知らない子なのかなぁ、とは思ってたし。そうだねぇ、自分が彼女を形容するなら、これに尽きるかな」



 タウラは困ったように頬をかいて、フィリアにぎこちない笑みを浮かべる。



「──努力家だよ」



 ***


 ミゼラは電話口の相手に頭を抱えた。

 それでいて、あちこちから届く、ソラに関する手紙に目を通し、目の奥に痛みを感じていた。

 帰ってきたのは逮捕された日の午後。今朝の出来事なのに、どうして皆ソラの事情を知っているのだろう。



「頭が痛いわ」


『そんなこと言ったってさ。仕方ないじゃん?』


「分かってるわよ」



 フィリップと会話しながら、手紙の返信を書く。ミゼラが忙しくしている横で、トリスは泣き続けるエリーゼを慰め続けていた。



「ソラが連れていかれるなんて。証拠隠滅は完ぺきだったはずよ」


『天秤の守護者相手じゃ、完璧なんて存在しないでしょ。それより、雇ったのが死刑囚? 君、よく殺されなかったね』


「アタシを殺せる人なんかいないわよ。それに、あの子はアタシにそんな事しない」


『あはは、随分楽観的だなぁ。僕だったら雇わないし、万が一雇うことになっても、使()()()()()ね』


「あなたも人が悪いわ。あの子が罪を犯したのは、やむを得ない事情があったからなのよ」


『知ってる。というか、今朝知った。フィリアが事情聴取に来た日から不思議に思って調べさせたんだよねぇ』


「やだ、あの子そんなことしてたの」



 それなら、この手紙の数も頷ける。家に突入する前に、情報収集をしていたのだから。そのついでに、十二血族に被害がないか、もしくはほう助がなかったかを確認している。これだから、フィリアを敵に回したくない。

 ソラと関わったことのある仲間なら話ができても、関わったことのない人たちには恐ろしい殺人鬼でしかない。



「どうやって取り返そうかしら」


『えぇ? 必要なくない?』


「……どういうことよ」


『君が貴族から婚約者を選びたくないのって、利権目当てで役に立たないからでしょ? だからって、ソラちゃんに固執することもなくない?』



 フィリップの言い分は最もだ。別に、他の女を探したっていいわけで。

 ソラを見限って、別のボディーガードを雇えばいい。役に立ちそうな誰かを。



「それもそうね」



 ミゼラがぽつりと零す。トリスもエリーゼもそれを聞き逃さなかった。

 ソラは、ミゼラにとってとても使える駒だった。


 貴族に詳しくないから、好き勝手に行動できる。

 知識が乏しいから、体で考えることができる。

 直感に優れているから、物事を早く察知できる。


『人を殺す』という選択肢が既にあるから、強いだけの人間を雇うより都合がいい。


 ミゼラが望んだ人物にぴったりと当てはまるのが、ソラだった。

 そのソラが、死刑囚になっていることを知ってなお、()()()()()()()そこから出した。──それだけ。



(──だったんだけどね)



 仕事が早いのもある。

 トリスと仲良くできているのもある。

 エリーゼを助けてあげる優しさもある。


 理由を上げたらきりがない。それでも、ソラをここにおいておきたい理由は。



「……あの子、アタシの化粧に何も言わなかったのよ」



 きっと、しょうもないとか言われるだろう。けれど、ミゼラには十分すぎる理由だった。



「ソラだけなのよ。アタシの『好き』を否定しなかったのは。アタシの見た目に、『オカマ野郎』とか言ったけれど、けなすことはしなかったの。変だとか、気持ち悪いなんて言わなかったのよ」



 それが、ミゼラには心地よかった。

 レープス伯爵に格好を指摘されたことを庇ってくれた時、ミゼラはソラを大事にしようと思った。

 ソラは物を知らない。だからこそ、正しいと思うことを出来る人だった。



「あの子をこっちに引き込めば、しがらみも何もない生きやすい世界になるわ。あの子には人を変える力がある。誰かを助けるのに理由も思惑もない。自分の心に従って行動してるのよ」


 ミゼラの力説に、フィリップは珍しくため息をついた。返事がないまま、しばらく無音が続く。沈黙を押し切って、フィリップは『分かった』と観念した。



『その話は、僕も思い当たるから言い返せないよ。ソラちゃんがいた方が楽しいしね。ていうか、分かってて言ってるでしょ』


「腹黒い誰かさんには、こういった話がよく効くのよ」


『でも、ソラちゃんを釈放するのは難しいよ』


「分かってるわ」



 手紙を書きながら、ミゼラはフィリップを説得しようとする。しかし、フィリップは何やら面白そうな声で『やれやれ』と言った。



『僕ら一人一人に法律を変える力はないし、いくら十二血族だからってその力を行使するのは簡単じゃない』


「それでも、何とかしないといけないのよ」




『それこそ死刑・終身刑の囚人の釈放には情状酌量に足るだけの証拠や資料、十二血族の半数の許可が必要になるだろうねぇ。それにフィリアを説得するだけじゃ駄目だろうし、カーニス伯爵との会談も必要になるだろうからさぁ。いやぁ、難しいよねぇ。困った困った』




 フィリップの話に、ミゼラは薄く微笑む。

 受話器を持ち直すと、トリスに新たな便箋を持ってくるように指示した。



「それは大変ねぇ。アタシ一人じゃどうしようもないわ」


『そうだねぇ。手伝ってくれる人がいたらいいんだけどねぇ』


「ちょうど一人いるじゃない。ねぇ、ラットゥス子爵?」


『あはは、ドラコ侯爵に言われちゃあ仕方ないなぁ』



 フィリップは意地悪に笑うと、協力の姿勢見せた。

 後は誰を味方につけようか。タウラとブルームは協力してくれるだろう。ロイもきっと、手を貸してくれる。イリスは……レープス伯爵が手を貸してくれるだろうか。この手の話は彼も頑固だ。

 カーニス伯爵はタウラが懐柔してくれる。


 頭痛の種は資料集めと、証拠の回収。

 ──それだけだと思っていた。




『あぁ、そうだ。十二血族の許可にミゼラは含まれないよ。当事者だから、客観的な視点に欠けるからね』




 フィリップが残酷な事実を告げるまでは。

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