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7‐6 秋の決闘──虎と忌み子 2

 大体、私に『お上品に』なんて似合わなかった。


 ドレスの裾は踏みそうになるし、ヒールの高い靴はすぐ足が痛くなるし。

 毎日風呂に入って、毎日化粧して。自分をいつも綺麗に美しく保つなんて、私らしくない。



 私は【ソラ・アオイノモリ】じゃない。



 木刀を握る手により力を込めて、私は大きく振りかぶった。その先を読めないロイでは無い。彼女は私が振り下ろすより早く頭を守る。

 気のぶつかる音がして、私の木刀が軋む。それでも、私は力で押し切った。

 ロイは自分が押されると思っていなかったようで、目を見開いて力を受け流す。

 ロイの上体が横を向く。私は流された木刀を手首のスナップで切り返してロイの胴に当てた。


 ロイに痛がる素振りはない。それどころか、目をギラギラさせて私をじっと見つめる。



「お前、やるなぁ!」


「お行儀が悪いもんで!  お綺麗な戦い方とか知らねぇわい!」



 ロイは後ろに重心を落として姿勢を整えると、私の横一閃を避けて柄の部分を左肩に突き立てた。

 関節を押すような力だが、私は後ろによろめいた。ロイはその瞬間に、私の足を木刀で払って転ばせる。


 尻全体に痺れるような痛みが走った。けれど、その程度で負けるわけにもいかない。



「降参しねぇよな?」



 ロイの問いかけに、私は「ったり前だ!」と立ち上がる。

 ロイは太陽のような笑顔で木刀を握っていた。

 私は彼女と試合している間、この瞬間だけ、【ソラ・アボミナティオ】に戻れていた気がした。

 毎日薄汚れて、クタクタで明日を望むこともない。この黒い髪がなければ、もっといい人生だっただろうと思うこともあった。自分の境遇や容姿が恨めしく思うこともあった。


 ──それでも、私が好きだった。


 それだからこそ、自分だった。



「なんだか幸せだ。今、この瞬間、生きてる気がするぜ! なぁ、お前はどうだ!? ロイ!」



 単にアドレナリンが大量に分泌されているだけだ。分かっていても、楽しくて仕方ない。

 私の意味不明な問いに、ロイは「楽しいな!」と返してくれた。


 だんだん会場の歓声は、ロイだけでなく、私も呼んでくれるようになった。私とロイのコールが響く中、私はロイと戦い続けた。


 あぁ、このまま。終わらなければいいのに。


 そんな願いも虚しく、私の木刀が折れた。

 ロイの重たい一撃だった。

 何度も軋んで、割れていた箇所に入った一撃だった。


 地面に落ちる木刀の静かな音が、私に終了を告げる。

 ──終わった。終わってしまった。


 私は木刀を拾って、ロイの方を見る。

 ロイは肩をすくめて「終わりだな」と息を着いた。



「武器の破損も、終了の合図だ。よく戦ったよ」



 よく見ると、ロイは息が上がっていた。汗もかいていて、袖で乱暴に拭っている。

 私はロイの勝利を告げるアナウンスを聞いて、ようやく状況を読み込んだ。

 腕が震えるくらい疲れていた。ロイは私に肩を組んで、健闘を称えてくれた。

 勝とうなんて思っていなかった。けれど、負けるってこんなに悔しいものだったか。


 人生の底辺じゃ、涙も出なかったのに。



「ロイ様、私はロイ様とお手合わせできて幸せでした」


「ありゃ、もうお上品な話し方に戻すのか?」


「ミゼラ様に怒られてしまうので」



 ロイに殺されるよりも、ミゼラに怒られる方が怖い。それを素直に話すと、ロイは呆れたように笑う。自分より怖いものがあるなんて、と言う彼女の表情は女性的な柔らかさがある。



「……私には、何がおかしいかなんて知りませんが」



 控え室で聞いた、ロイの憧れ。

 私は気分が高揚したまま、思っていることをそのままロイに伝えた。



「戦っているあいだ、私は私に戻れました。『やっぱり自分が良い』と思えました。ロイ様はどうですか。他人の評価に関係なく、自分に後悔はありますか?」



 ロイは私の言葉に、柔らかく微笑んだ。それが答えなのだろう。彼女は私の頭をくしゃくしゃと撫でて肩を組んだまま会場を後にした。

 私はもう、大会に出ることは無い。

 でも、暖かい拍手に見送られて、会場を出るのは名残惜しかった。


 ***


 秋の決闘、結果はロイの優勝で彼女は無事に殿堂入りを果たした。

 本来ならば、三位までにしか賞は無いのだが、ロイと白熱した試合展開を見せたことで特別賞を頂くことになった。


 ミゼラは「おめでとう」と祝ってくれたが、その後にちゃんと試合中の振る舞いについてお小言も頂いた。

 トリスは「こんなもんかよ」と言ったが、それ以上のことは言ってこない。何か変なものでも食べたのだろうか。


 私は帰ろうとするミゼラに、もうちょっとだけ屋台を見たいと頼んだが、ミゼラは屋台のジャンクフードがあまり好きじゃないらしく、許可が降りなかった。


 私が食いさがろうとすると、後ろから誰かが私の肩を掴んで引き寄せた。



「じゃあオレが連れ回してもいいよな」



 焼き鳥の串を持つロイが、ミゼラにそう言った。

 私が「いや、ひとりで」と言うと、問答無用で口に焼き鳥を差し込まれた。



「いいだろぉ? ちゃんとミゼラんとこに送ってくから」


「ジャンクフードは体に悪いのよ。あんまり食べさせたくないわ」


「どんな調理したって肉は肉だし、パンはパンだろ。それに、こいつ控え室で焼き鳥取られたんだぜ? ちゃんと食わせてやんねぇと、一生根に持たれるぞ。食いもんの恨みは恐ろしいからな」


「あぁもうっ! わかったわよ。六時までには帰らせてちょうだい」



 何とか許可を取ると、ロイは「分かった」と言って、私の背中を押す。

 私はロイに連れていかれるまま、屋台の食べ物を満喫した。

 昔食べてみたかったものも、見たことの無いものも手に取った。


 散々食べ尽くして、いちご飴なるものを手にした時、ロイも同じ飴を手に取った。


 控え室にいた時は、肉料理ばかりだったのに、こんな可愛らしいものも食べるのか。

 私の視線を感じ取ったロイは「いいだろ」と飴をかじる。



「ロイ・ヴィクトルは、こういうもの好きなんだ」



 ──あぁ、なるほど。

 私は「そうですね」と飴をかじった。

 パリパリの飴から酸っぱいいちごの味がする。

 てっきり甘いと思ってかじって少し驚いた。


 そうだよな。全てが見た目通りとは、限らないよな。

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