7‐5 秋の決闘──虎と忌み子
予選を勝ち抜き、気がついたら本戦の途中まで来ていた。これを勝ち抜けば、次は三位決定戦だ。ロイと戦うなら、決勝まで残るのが確実だ。しかし、さすがに疲れてきた。
ロイと一緒に昼ご飯を食べて、雑談をしつつ、午後の大会に備えたが、私は少し眠くなっていた。
お腹はいっぱいだし、太陽が西に向いて少し気温が高くなる。昼寝にはちょうどいい天気で、瞼が重い。大きくあくびをして、会場に入ると歓声に包まれて一気に目が覚める。
初戦に比べて格段に大きくなった歓声は、少し心地よい。しかし、歓声に紛れて飛んでくる差別が、どんな応援よりもよく聞こえてくる。
「忌み子風情が大会に出るな!」
「伝統あるイベントを汚すな!」
まぁ、よくある声だ。受け入れられると思っていない。でもまぁ、そういうものだ。
(私にはミゼラも、トリスもいるしな)
トリスが昼に差し入れてくれたサンドイッチは、私の好きな具材ばかりで作られていた。彼なりの気遣いだろう。でも余計なことを言わないくらいが、丁度良かった。
私は対戦相手を待つ。
すると、会場を包む歓声がひときわ大きくなった。
通路の向こうから来る輝かしい髪の色。
右手の木刀を真剣と錯覚しそうだ。歩いてこちらに来るだけで、全身の毛が逆立つほどの迫力がある。それなのに、殺気も何も感じない。
見ているから感じるだけで、これが背後に立っていたら。そう考えるとゾッとする。さっきまで和やかにご飯を食べていたのに!
ロイが片手を上げるだけで、割れんばかりに歓声が上がる。特に女性の声が大きくなった。ロイは私を見ると、「ここでかぁ」とため息をつく。
「決勝で戦いたかったなぁ」
「私はそのつもりでしたが」
上手くいかないものだ。彼女に勝つなんて出来ない。それに、木刀の握り方から違う。彼女の持ち方は戦い慣れた人の持ち方で、私のような人を殺すときの持ち方ではない。
ロイは木刀を肩にかけて、私に微笑んでいる。
開始のゴングが鳴る。私は直感的に、木刀を体の左側に構えた。
折れたのではないかというほど木が軋む音がして、私はようやく状況を把握した。
ロイの初撃が、私の脇腹を狙っていた。やはりロイからは何も感じない。
殺意も、敵意も、何も。
片足に重心を傾けて、ゴングとともに飛び出した。下から振り上げるように振るった一撃に、私は無意識に対応したのだ。
ロイは「あぁ?」と不思議そうな声を出した。
木刀を押し込む力は変わらず、位置が位置なだけあって、私は力を流すこともできない。
「おかしいな。さっきまでの奴なら、これで決着ついだんだけどなぁ」
「……私が、さっきまでの奴じゃないって、ことでしょうね」
「ははっ、それもそっか」
私はロイの木刀を押し返そうとしてみるが、びくともしない。女の力とは到底思えない強さに、背中を冷や汗が伝う。
こんな一撃、食らったら死ぬ。
私は身を引いて、ロイから距離を取る。鍔迫り合いの状態から脱却するも、ロイはすぐさま次撃をくり出す。その速さは正しく虎の反射神経。
こんなに恵まれた運動神経があったら、夜間の仕事も楽だろうな。そんなことも考えていられない。
受け止めて、避けて、防いで、流して。それしかできないまま、会場をぐるぐると逃げ回る。ロイの猛攻から反撃の隙を窺うが、どうしたら彼女に一撃返せるか分からない。
歓声もロイを応援する声が響いて、余計に気圧されてしまう。
『輝ける死神』を前にした者の気持ちがよく分かる。これは、勝てない。
しかも、彼女の目。
寅のように鋭く、それでいて私の手や足のさばき方をよく見ているのだ。ちょっとしたフェイントも見逃さない。私の姑息な手は、彼女の優れた目に軽々と封じられる。
どうしたらいい、どうしたらいい?
助けてくれる人はいない。誰も、私に味方しない。
ロイは頭上高く木刀を振り上げた。私はそれを、じっと見上げるしかできない。
「お前もそんな顔するのか」
(──……えっ?)
ロイの小さな声が私に届く。ロイの顔を見ると、悲しそうな顔をしていた。
そうだよな。仕方ないよな。彼女の瞳がそう語る。
どうしてそんな顔をするのか。
どうして勝つ側がそんな顔を。
振り下ろされる木刀を見つめて、私はハッと気が付いた。
木刀が当たる直前で、体を倒して横に転がり避ける。
地面を貫いた木刀に肝が冷えつつ、私は彼女の話を思い出した。
『椿の騎士に憧れていた』
それが、彼女を騎士にした理由だ。
そして、それが彼女を異端にした理由だ。
今や誰よりも強く、誰よりも志が高い。
ドレスを捨て、女性らしさを捨て、憧れを手にして、悪意のある異名を手にした。
椿の騎士も、悪のレッテルを貼られていたというが、ロイはそれを捨てることが出来ない。
彼女があがけばあがくほど、その異名はついて回る。
そうだよな。
悪いことをした奴が粛清されるのは当たり前だ。
そうだよな。
それで被害者みたいな反応したら、そんな顔するよな。
そうだけどさ。
だからって、それに振り回されることもないと思うんだわ。
私は息を大きく吸った。
ロイの前だから、と、かわい子ぶったのがいけなかった。
私は木刀を握る。ロイが姿勢を低くして私に突進してくる。私は、彼女を十分に引き付けた。
鋭い一突きが、私の左肩を狙った。
「おっ⁉」
私は肩を後ろに下げて最小限の労力で一撃を避ける。そしてそのまま──……
……──ロイを蹴り飛ばした。
ロイのみぞおちを抉った踵が、ロイを押し退ける。さすがに吹き飛ばすことは出来なかった。けれど、初めてロイがよろめき、彼女に一撃を食らわせた。
ロイは、自分が攻撃されたことに驚いていた。
そして、私の方を見ると、ひまわりがその蕾を広げるがごとく、笑顔になる。
私はロイに言った。「隠していることがあります」と。
ロイは私のカミングアウトなんて気にしない。それ以上に、面白いものを見つけたのだから。
「──……悪いなぁ。育ちが悪ぃもんでよ」
やっぱり、これが一番だ。




