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7‐4 秋の決闘──予選

 秋空の下の闘技場は、風が少しばかり冷たくて鳥肌が立つ。

 私は木刀を片手に、耳を劈く歓声の中、腕をさすっていた。

 ミゼラに用意してもらったズボンと衣装は、高貴さを兼ね備えたデザインだったからか、どうにも通気性が良すぎる。

 私は向かい側から来る相手を、イライラしながら待った。

 ようやく登場したその相手は、なんと私の焼き鳥を勝手に食べた男だった。鍛え抜かれた筋肉を観客に存分に見せつけ登場してくる。



(遠慮なくやれんじゃん)



 イライラがマックスの私はそんなことを考えていた。



『では、予選三組目、ソラ対ロックス! それでは……開始!』



 ゴングが鳴った瞬間、ロックスと紹介された男は木刀を脳天に振り下ろしてきた。私はとっさにその木刀を防ぐが、彼の力に圧倒されて、押し返すこともできない。

 当たればケガではすまない。何とか木刀を傾けて力を流し、私は彼から距離を取る。


 観客席からは、ロックスを応援する声が響いていた。

 誰も私に期待していない。それもそうだ。私は今回が初参戦だ。それに、すっかり忘れていたが、私は剣術の一つもやったことがない。


 ミゼラの護衛業で夜間の警備をしているが、侵入者を処分する時は、いつもクロスボウだった。剣なんて、握ったこともない。

 大会までの期間、ミゼラの計らいで、日中の勉強の時間を減らして剣術の自主練習をさせてもらったが、剣の握り方すら危うくて、予選に残るかすら怪しかった。


 どうやったっけ。

 地元の領主を殺したとき。私はクロスボウを使わなかった。


 どうしたんだっけ。

 あの時、私は奴らを、何で殺したんだっけ。


 まだ使わない暖炉の側に用意された薪が、私の目に入った。

 ──……あぁ、そうだった。



 怒りと、明確な殺意。吹っ飛んだ理性で振るったのは、たった一本の薪だった。



 私は木刀を、高く掲げた。それはロックスの初撃と同じで、観客も、ロックス本人も笑っていた。ロックスは挑発するように、私に手招きをして腕を広げて迎え入れる。私は息を大きく吸って、深く吐いた。



「ふん!」



 私が振るった木刀は、ロックスの鼻を叩く。脳天を外したことに、周りから大爆笑をさらったが、一撃を受けたロックスは鼻を押さえて後ろに下がる。

 よろめく彼の間合いに入り、彼の(すね)を木刀が綺麗に打つ。尻もちをついた彼に、私は下から木刀を振り上げた。

 顎を的確に打ったロックスは、白目をむいて後ろに倒れて気絶した。


 思ってもいなかった展開に、観客たちもスタッフも唖然とする。私は焼き鳥の恨みとばかりに、気絶した彼の頬を木刀で殴った。

 意識を取り戻したロックスが、状況を確認しようとするが、私が眉間を一突きするとまた気絶をする。



「食いもんの恨みは怖いんだぞ。クソがよ」



 捨て台詞を吐いて、私はまばらな拍手の中、さっさと控室に帰った。


 ***


 掘っ立て小屋のような控室に帰ろうとしたが、廊下でロイと出くわした。彼女はキラキラした眼差しで「すげぇな!」と私を褒めた。私が適当に微笑んで場を(しの)ごうとするが、ロイの控室に連れ込まれ、先の戦いの凄さを延々と語られた。



「お前の戦い方は敵の急所を知ってる戦い方だ! いかに簡単に殺せるかの見本として、新兵に見せてやりてぇくらいだぜ! なぁ、どうやって学んだんだ?」



 私は言葉を詰まらせる。ロイに真実を言うわけにはいかない。かといって、はぐらかしが効く相手でもない。どうしたものか……どうすればいいのか。

 迷っているうちに、ロイが呼び出された。

 ロイは名残惜しそうに控室を後にする。私が一息つくと、控室に誰かが入ってきた。



「ミゼラ様から激励を、と。感謝しろ」


「お前の態度で台無しだ。さっさと失せろ、トリス」



 トリスは心底嫌そうな顔で私の後ろに立つ。

 私が舌を出して答えると、トリスは控室の周りに人がいないことを確認して、私に一つだけ質問した。



「お前、元々罪人だったのか?」



 ミゼラが私を屋敷に連れてきた日から、彼はずっと私の側に居たはずだ。それなのに、聞かされていなかったのか? ミゼラの事だ、絶対に伝えているはず。

 ……いいや、ミゼラの事だから、伝えずに自分で考えたのかも。


 私はどっちの返事もできる。「いいや」とも、「そうだ」とも言える。しかし、どうしても、彼に嘘をつくことはできなかった。



「あぁ、死刑囚だ」



 それは忌み子のよしみか、信頼を確認したかったのか。



「自分のとこの領主を撲殺して牢屋に入った。無期懲役から、その貴族の息子が大金積んで死刑にした」



 どんな顔をしてもいい。でも、その思いを口にしないでくれ。

 それだけは、望んでもいいだろう。



「ひどかったんだ。見た目が変だから税は倍だし、農民だけど畑をもらえないから作物なんて作れやしねぇ。その上、村の女は遊び尽くしたから、呪われるかどうかって好奇心で……体を」



 未遂だ。未遂だった。

 それでも、服を裂かれる音も、汚らしい手で触れらる感覚も、臭い口の臭いも。全部覚えてる。


 耐えかねて殺した。

 溜まりに溜まった怒りが暴走して、気が付いたら領主を薪で叩き殺した。顔と下半身は入念に潰した。その妻も一緒に叩き殺した。村の女性の被害や重税を、見て見ぬふりをしたから。領主と一緒に、私に侮辱や暴力を振るったから。


 その首を、門に括って、屋敷に火をつけた。

 ワインセラーから一番良いものをかっぱらって、燃える屋敷と彼らの首を眺めて飲んだ。とても、良い味だった。



 そんな話をし尽くして、私はようやく顔をあげた。

 幻滅したトリスの顔を期待していた。

「よくそんな事ができたな」「そりゃ性格も悪くて当然だ」「お前がミゼラ様の婚約者になれると到底思ってなかった」「さっさと屋敷からいなくなれ」──……そんな言葉を期待していた。そうしたら、いつものように、汚く罵りあえると思ったからだ。



「……やめろよ」



 私はトリスの顔を見て、最初にそう言った。




「何でお前が泣くんだよ」




 二言目はそれだった。

 トリスの頬を伝う大粒の雫たちが、拭われることなく床に落ちる。

 トリスは顔を覆うと、鼻をすすって、何かを飲み込んだ。



「頑張ったな」



 トリスは一言残して、控室を去った。

 あいつは馬鹿だな。そこは「頑張れよ」だろうが。何が「頑張ったな」だ。そんな言葉に何の意味がある。

 今までの苦労が今の生活で変わったんだぞ。毎日豪華な飯を食って、綺麗なドレスを着て、ふかふかの布団で眠れてんのに。地元の奴らが指をくわえて羨ましがる生活だ。ちょっと忙しいけど、その苦労におつりがくるんだぞ。


 何でお前が泣くんだよ。

 何でそんなに辛そうな顔してんだよ。


 悲しいわけあるか、終わったことなのに。

 苦しいわけあるか、所詮過去のことなのに。



 ちくしょうめ。お前のせいで、目の奥が熱い。

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