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7‐3 秋の決闘──控室にて

 会場に湧く歓声と、漂う出店のフードの香り。

 肌寒くなりつつある秋の空は、とても高く感じた。


 控室には、番号が付いた名札を首から下げた参加者で溢れていた。

 聞いていた通り、イーグリンド各地から腕自慢が集まっているようで、聞きなれない方言を話す者もいれば、首都住みであろう貴族らしき声も聞こえてくる。

 それぞれが談笑したり、トレーニングをして過ごしている中、私はミゼラに買ってもらった焼き鳥を食べていた。


 焼き鳥を食べるのは久しぶりだ。

 村にいた頃は、豊作を願った祭りで余ったものを拝借して食べたくらいだ。……と言っても、祭りが終わって、誰もいなくなったところを狙って一つ食べた程度のものだが。

 奇異な見た目をしていると、祭りすら呼んでもらえないとは。世知辛いものだ。


 その点、買ってもらった焼き鳥は、身も大きく、プリプリとしていて食べ応えがある。肉汁も多く、噛む度に味が口の中に広がって多幸感が押し寄せる。醬油ベースの濃いタレが鶏肉とよく絡んで美味しい。なにより、冷たくない。焼きたての温かい焼き鳥がこんなに美味しいなんて。

 それに、串に刺さっているから食べやすい。村の焼き鳥は、取り分けて食べる前提だったから、焼いたものを皿に入れていたが、これなら歩きながらでも食べられる。



(大会終わったら、いろいろ見て回ろう。ちょっとだけ時間もらえたりしないかな)



 トリスの負担がデカいか? いいや、エリーゼもいるし、エリーゼにミゼラの世話を頼んでトリスが護衛に回れば……うんうん、そうしよう。


 大会後の楽しみに想像を膨らませていると、屈強な男が近づいてきた。

 彼は私の前に立つと、私から焼き鳥を奪い取って、一口で食べてしまった。

 口の端から肉汁を零して、男は私を見下ろす。私は何をされたのか理解できないまま、男を見上げていた。



「女が参加していい大会じゃねぇんだよ。ママんとこ帰りな」



 男がそう言って、私の足元に串を捨てた。私はようやく、自分が嘲笑われたことに気が付いた。男は私に背中を向けて去ろうとする。私は、聞こえよがしにため息を吐いた。




「人様の食べ物を奪うなんて、それだけお腹が空いていらっしゃるならご自身で買われてはいかがです? 教養がない馬鹿のようですね。筋肉ばかり大きくて、頭の中身が無い方は苦労するでしょう。親の顔が見てみたいです」




 トリスとの口喧嘩の成果が出ている。私の皮肉に、男は血管を浮き上がらせて睨んできた。怒るも何も、事実だろうに。私は彼を嘲笑って、言ってやった。



「お金が無いなら、恵んであげましょうか?」



 この嫌味には、さすがに我慢ならなかったらしい。

 男が両手をあげて飛びかかってきた。私は横に避けようと、姿勢を低く保つが、その必要はなかった。


 男と私の間に割って入った金色の髪。

 その人は、男の両手を掴んで、思いっきり横に放り投げた。


 控室の壁をへこませて、男は強く背中を叩きつける。どしゃっと、砂袋のように落ちた男は、すぐに立ち上がれなかった。

 私の前に立つ金髪の人は、男を冷たい目で見下した。



「人から食いもん奪って偉そうにしやがって。乞食か? くそったれめ。次やったら全身の骨砕いてやるからな」



 素の私と変わらないくらい口の悪い女。声を聴かなければ、男と見間違えるその容姿に、私も思わず目をかっぴらく。



 彼女がロイだ。彼女が『輝ける死神』だ!



 今見た彼女の技量を考えると、あんなふざけた異名も言いえて妙だ。これに勝てる奴が居るはずがない。



(……え、この人と戦うの?)



 ロイは私に参加しろと言った。そして、今ここに居て、私を庇って男を投げた。

 絶対無理じゃない? だって、この人の一撃もらったら、木刀折れるよ?


 私は急に不安になってきた。

 勝てるかどうかではない。戦って生きているかどうかだ。


 ロイは私の方を見ると、眉を下げて笑った。



「悪いな。食われた分の焼き鳥は、俺が弁償するから。大会が終わったら新しいの買い直してくれ」



 ロイはそう言って、私に焼き鳥の代金以上の金を握らせた。男を投げ飛ばした荒神のような容貌から、急に親しい隣人のように雰囲気が変わる。ロイは私の髪や顔をじっと見つめると、急に顔を近づけてくる。



「なぁ、お前がミゼラの婚約者か?」



 声を潜めて尋ねたそれに、私は小さく頷いてそれを返事とする。ロイは「やっぱりな」と笑って顎をさすった。



「あいつと(おんな)じ皮肉の言い方だったから、まさか、とは思ってたんだ。確か、ソラだったな。会えて嬉しいぜ」


「私も嬉しく思います。ロイ様」


「あぁ、ひとまずこっち来いよ。腹ごしらえは大事だろ」



 ロイは私の腕を掴むと、どこかに連れて行った。




 ──十二血族ともなれば、専用の控室があるらしい。

 一般参加者の掘っ立て小屋のような控室に対して、ロイが使っているのはソファーやアメニティグッズの充実したホテルのフロントのような部屋だ。彼女は二人掛けのソファーの真ん中にどっかりと座り込むと、私に隣の一人掛けのソファーを指さした。

 座れという事だろう。私がソファーに座ると、ロイはテーブルの上に広げたジャンクフードを漁る。



「何が好きだ? 焼き鳥食ってたけど、あいにく食い尽くしちまったからな。フィッシュアンドチップス? ミートパイ? スパイラルポテトもあるぞ」


「スパイラル……いえ、お気持ちだけで大丈夫です」


「スパイラルポテトな」



 私の小さな呟きを拾って、ロイは私にらせん状のポテトを渡した。半ば強引に押し付けられて、私は一口かじる。

 揚げたポテトのカリカリの表面と、ふわふわな中身の触感のギャップが新しい。ちょっと濃いめの塩が良いアクセントになっていて、見た目のインパクトもすごいが、満足感のある一品だ。


 私が無心で食べていると、ロイは私のその様子をじっと見つめていた。見られると食べにくく、私が視線を彼女に移すと、彼女は微笑んだ。



「良い食べっぷりだよなぁ。お嬢様って、こんなジャンクフード食わねぇからさ」


「そういうものでしょうか。私は美味しければなんだってかまわないので」



 ──しまった。貴族の令嬢って、こういうの食べないのか!


 背中に汗が伝う。今、振る舞いを間違えた!

 ちゃんとフォローできただろうか。もしできていなかったら、私の首が飛ぶ。……物理的に。

 ミゼラが騙されていたとか、私が彼を脅したとか、そんな風に思われたら一巻の終わり。私はちらっと、ロイの様子を確認した。私の不安とは裏腹に、ロイは快活な笑顔を浮かべていた。



「そうだよな。そうありてぇもんだ」



 ロイはハンバーガーを掴むと、口を大きく開けて一口かじる。その大きさは、成人男性の平均より大きく、ミゼラが見たら即説教しそうな豪快さだ。

 ロイは口元についたソースを親指で拭い、そのまま舐めとった。



(え、ナプキンか何かで拭き取るもんじゃないの?)



 ミゼラに教わった令嬢としての在り方。それを一気に崩すようなロイの振る舞い。それは彼女だから許されているのか、許されていないが彼女だからやっているのか。

 私が呆然としている間に、ロイはハンバーガーをペロリと平らげて、たこ焼きに手を付けた。



「オレが好きな童話によぉ、【椿の騎士と星の魔女】ってのがあるんだ。その椿の騎士ってのが、とんでもなく豪快で底抜けに強い女騎士なんだわ」



 唖然とする私を察してか、ロイは自分の振る舞いの理由を話す。

 彼女の話は興味深かった。



「その騎士は絶対に人を見捨てない。嫌われ者の魔女にさえ救いの手を差し伸べて、自分がどれだけ嫌われようと、国のために、仲間のために力を尽くした騎士なんだ。貴族だけど庶民の食べ物も愛し、人間だけど魔族にも理解を示した。

 すっげぇかっこいいんだ。オレも、椿の騎士みたいになりたかった」



 ロイは興奮したように話すが、急に声のトーンが落ちる。




「でも、女が騎士になるのは()()()()んだとよ」




 イーグリンドに関係なく、騎士団には男性だけのイメージがある。女性はどちらかというと、間接的に関係するくらいだ。しかし、ロイは周囲の反対を押し切って、騎士団に入団し、騎士団長にまで上り詰めた。


 ロイは鼻で笑うが、きっと辛い経験を積んできたことだろう。

 男性社会で、女性というだけで虐げられるのに。


 私はロイに声を掛けようとした。しかし、大会スタッフが私を呼ぶ。

 ロイは「頑張れよ」と私を送り出した。

 私は何も言えないまま、控室を出た。


 一言だけ。せめて一言だけ。

『そんなことないよ』と、言いたかった。

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