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7‐2 ロイからの『招待状』

 最近、ようやくカトラリーの使い方が上手くなったと思う。

 料理別のナイフに戸惑うことも減ったし、音も立てずに食べれるようになった。

 コースの形式もそれなりに覚えたから、最近はコースからビュッフェ形式での提供が増えてきた。


 ミゼラの家に連れてこられて、気が付けば秋。もう半年かと思うと月日の流れに圧倒される。昼夜問わず仕事があるから激務ではあるが、それなりに快適だ。

 ……あとは、悪夢に振り回されないようになれば。



「ちょっと、聞いてる?」



 ミゼラに声をかけられて、私はハッとした。

 正面を向くと、呆れた表情のミゼラが私を見つめていた。



「聞いていなかったようね」


「すみません。少し、考え事を」


「調子悪いの?」


「いえ、ここに来てそれなりに経ったなぁ……と」



 一人しみじみと思い耽っていると、トリスが「情緒なんて感じるんだ」と引き気味に言う。私だって思い出に浸ることくらいある。失礼すぎやしないか。



「どこぞの執事にはわかるまい。風情というものを感じることもないからな」


「半年前まで洗ったことのない雑巾のような見た目していたお前に言われたくないわ」


「あぁ⁉」


「ストップ。これ以上は怒るわよ」



 いつものようにミゼラに止められ、私はウインナーにフォークを刺してトリスを威嚇する。トリスは眉間にシワを寄せて私を睨んでいた。



「あぁ、そうだわ」



 ミゼラが思い出したように口を開く。



「昼にロイが家に来たのよ。あなたに用があったらしいけど、買い物にでてたじゃない? だから、これ渡しておいてほしいって」



 ミゼラが一枚の封筒を出した。トリス経由でそれを受け取る。

 オフホワイトの、厚みのある封筒だ。赤色のシーリングスタンプが押されていて、金色で柄の縁取りがされている。虎の家紋が押されたそれは、おそらく十二血族だろう。ミゼラに目配せをすると、彼は無言で頷いた。

 封筒を開けると、何かの招待状だ。



「……『剣闘技会』?」



 私がその一文を読み上げると、トリスの顔から血の気が引いた。ミゼラは「参加してちょうだい」と、光のない目で伝える。

 面白そうだが、これはいったいどんなイベントなのか。


 トリスが私の側に来ると、声を潜めて言った。



「剣闘技会は、秋に行われる闘技イベントだ。木刀一本で相手を制し、降参させれば勝ちの一大イベントだ。国中の腕自慢が参加する」


「へぇ、面白いじゃん」


「面白いもんか!」



 トリス曰く、この先が問題なのだとか。



「ロイ・ヴィクトル──彼女は『寅』の血族『ティグリス伯爵』だ。『寅』の血族は国の武力を司る、騎士の家系でロイ様は騎士団の団長でいらっしゃる」


「女で騎士団束ねてんのか。すげぇな……」


「そして、剣闘技会を毎年優勝してる」



 今年勝ったら殿堂入りと聞いて、私は「へぇ」と返す。私に危機感も緊張感もないのに、トリスがドン引きしていた。そんな顔されたって、私は今まで十二血族とか知らない環境で育っていたのだから、何がすごいのかも、恐ろしいのかも知らない。

 ミゼラに目を向けると、ミゼラは九年前の話をした。



「ロイが14歳の頃よ、相手は国一番の剣技の巨匠──レイヴァン・フロウという男だった。レイヴァンは予選から決勝まで一撃も当たらず戦い抜いたの」


「それで?」


「あの戦いは、私も口を閉じられなかった。本当、信じられなかったの」



 ミゼラは当時を思い出して言った。




「結果は、ロイの勝ち。開始一分でレイヴァンを叩きのめした」




 私は絶句した。

 国一番の剣技さえ卓越する彼女に、私が戦えと?

 いいや、決勝まで上り詰めなければ、彼女に当たることは無い。だとしても、彼女に一撃当てる自信なんてない。


 トリスはミゼラのセリフに補足する。ロイの武器は、『目』にあると。



「ロイ様は、遥か遠くを見通す目をお持ちだ。それでいて類まれなる動体視力がある。きちんと訓練をしたことで得た身体能力が、その素晴らしい目の力を底押しして、今や彼女に勝てる者はいない」


「ロイは今や『輝ける死神』と言われてる」


「そんな不名誉そうな二つ名、矜持が傷つきそうですね」


「言いえて妙よ。アタシはそう思う」



 私は招待状の文字をじっと観察した。

 力強いが繊細な曲線で、優美で雄々しい。便箋の末尾に『ロイ・ヴィクトル』と名前が書いてあることで、彼女が書いたものであることを示している。

 こんな綺麗な字を書く人が、『輝ける死神』なんて。



「……わかりました。期待に応えられるかわかりませんが、いい結果を残せるように精進しましょう」



 私は招待状を握って、ミゼラに言った。ミゼラは「まぁ、あの子の気が済むなら」と頭を抱えた。

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