7-1 丑と寅の会合
国内を罪から守る組織は警察なれど、国を外部から守る組織は何か。
それは国の誇りを掲げ、原野を勇ましく駆ける。
それは高潔な志を持ち、弱きを守る盾となる。
重い鎧も、鋭く洗練された剣も、一枚の羽根のごとく。
従える部下も、馬も、自分の手足のごとく。
それは金色の獣だ。
それは輝ける厄災だ。
それは見つけてはならない気高き騎士だ。
馬の蹄が野に響く。
悲鳴を上げて逃げる野盗と、笑いながら追いかけまわす金髪の騎士。
掲げた剣は誰の血でもない赤に染まっている。仲間を捨て置いて、自分の命を優先しないと逃れられない。
仲間が次々と肉塊に還る。最後の野盗が、涙をこぼして振り返った。
太陽を背負った悪魔は、微笑んで言った。
「我はイーグリンド王国を守護する者。我、『ティグリス』の名において、貴様に天誅を下す」
最後の言葉が聞き届けられることなく、首が宙を舞った。
***
タウラの家の応接間は、赤を基調として厳かに造られていた。それは、彼自身が自宅に外交官を招くことが多く、そのまま仕事の話をすることもあるからで、一応上級貴族であることを表すためにわざと格式高く設計したのだ。
タウラはそんな応接間を、談話室代わりに使うことが多々あった。
それも、彼がリラックスして仕事をするために、緊張しないように自分を慣れさせる必要があるからだ。
侯爵となって日が浅い彼は、この応接間を使った機会がまだない。だからこそ、これからのためにせめて紅茶くらいは飲めるようになっておかないと。
そんなことを考えながら、ティーカップを持つと、応接間のドアが勢いよく開いた。
「タウラ! テメェちゃんと仕事しろやぁ‼」
「わぁぁあぁぁぁあぁぁぁあああぁ⁉」
応接間に突撃してきたのは、『寅』の血族──ロイだった。
仕事終わりに直行したのか、鎧を身に着けたままで怒り心頭といった様子だった。
タウラは驚いてティーカップを落とす。離れた位置に居たはずのロイが、素早く駆けだして、カップを受け止めると、テーブルに優しく置いた。
「大事にしろよ。これアンティークだろ。もう作れねぇんだからよ」
「あ、あなたがいきなり来なかったら落とさなかったよ!」
「あぁ?」
「すみません、何でもないです……」
外交官の前では頼りになるタウラも、ロイの前では小さなネズミも同然だ。
ロイはすっかり置いてきたタウラの使用人に「紅茶をこぼした」と、拭く物を要求する。
使用人が掃除道具を探しに廊下を走るのを見送って、ロイはタウラの正面に座った。
「ターキン共和国の奴らが領地に入って盗みを働いてる。お前、この間外交で不法移民の協定結んでただろうが」
「あぁ、少数民族のクールド達ね。結んだとも。でも協定の効力が生きるのは再来月から。それに合わせて、法整備の強化と改正を急いでもらってるところだよ」
「お前とミゼラにしては遅いな」
「防衛省と警備保安省も関わるから、全員に周知されるまでの期間を考えてさ」
「そうかよ。それまでオレが剣を振るえって?」
「普通に捕まえて、普通に警備保安省に引き渡してよ」
ロイの不満そうな態度に、タウラはため息をついた。
床を掃除するメイドに、ロイは「ありがとな」と労いの言葉をかける。
メイドの気遣いで新たにティーカップがテーブルに置かれると、タウラは無言でロイの分の紅茶を用意した。
「アールグレイって飲めたっけ?」
「飲めるが多めにミルクを入れてくれ」
「苦手じゃん。別のにしようか」
「苦手じゃねぇよ。紅茶は全部腹を壊すんだ」
「苦手よりひどいじゃん」
タウラは紅茶を少なめ、ミルク多めで注ぐと、ロイの前に置く。
ロイはそれに一口つけると、置いてあったクッキーを口に放り込んだ。
「そういや、もうちょいだったよな。『秋の決闘』」
「あぁ、そうだねぇ。今年もあなたの勝ちかな」
二人が話しているのは、秋に行われる国内最大規模のイベント──剣闘技会である。
国内の腕に自信のある若者たちを集め、その腕を競い合うのだ。出店が多く出店し、貴族や庶民関係なく競技を観戦する。
ロイは毎年必ず参加し、必ず優勝していた。故に退屈していた。自分に勝る人間が、他にいないのだから。
「もうちょっと、面白い奴いねぇかなぁ」
「あはは、あなたに勝てる人なんて……あっ」
タウラは一人だけ思い出した。
一度会っただけだが、その度胸と腕だけは、確かに覚えている。
ロイは「誰かいんのか⁉」と興味津々だ。タウラは狼狽えながら、「強いかはわかんないよ?」と予防線を張る。
「二か月前にさ、フラン国に外交に行ったんだけど、ミゼラが婚約者を連れてて」
「あぁ、言ってたな。ヒノモトの外交官にえらく気に入られて、ミゼラが珍しく気を曲げてたっけ」
「そうそう。その方、ソラって言うんだけど」
タウラはロイにフラン国で狙われた話をした。その時、ソラに助けられて事なきを得たと。
その話を聞いて、ロイは意味ありげな笑みを浮かべる。ろくなことを考えていない彼女の表情に、タウラは頭を抱えた。
「なぁ、そのソラって奴、どこに住んでんだ?」
「知らないよ。ミゼラに聞いたら?」
「それもそうだな。邪魔したぜぇ」
ロイは話を切り上げて、応接間を出て行った。嵐のような出来事に、タウラもようやく気が抜けた。
「まったく、恐れ知らずの寅の騎士め」
そんな悪態をついて、タウラは電話を手に取った。
「せめて、嵐の来訪を教えてあげよう」
慣れた手つきで番号を押し、ミゼラに危険を知らせる。電話の向こうでは、呆れた声がため息をついていた。




