6‐6 タウラの外交
次の日、予定通りフランソワとタウラ、ミゼラ、私の四人で外交を進める。
タウラは自国における貿易摩擦の緩和と、条約の見直しをフランソワに提示した。しかし、フランソワは消極的な対応で、タウラの議題をのらりくらりと躱していく。
タウラは一歩も引かずに過去数年分の統計や関係性を示す資料を提示し、フランソワと話し合おうとするが、フランソワは資料を一枚たりとも見ようとしない。
その態度に、私は物申したい気持ちでいっぱいだが、ミゼラが「ダメよ」と制止する。
「アタシたちは彼のサポートで、彼が判断を仰いだ時だけ、口を出せるの」
「手は出せます?」
「手もダメよ」
ミゼラは私を抑えながら、タウラを注視する。タウラはフランソワの態度を、苦笑いして受け止めていた。
私は苛々しつつ、彼を心配していた。
タウラは優しい。だからこそ、フランソワが強気に出たら彼はそれを呑むしかないのではと思う。
しかし、それが杞憂だと知ったのは、フランソワ側の交渉が始まった時だった。
フランソワの主張は、関税の引き下げとイーグリンド側で裁判中のフラン人の引き渡しだった。
関税に関しては、イーグリンドから輸入している貿易品の関税を下げる気は無いが、こちらから輸出している貿易品は関税を引き下げろといった無茶苦茶な内容だった。
しかし、タウラは笑顔で「無理です」と言い切った。フランソワは目を丸くしているが、なぜ要求が通ると思ったのか。
タウラは資料を捲りながら淡々と話をする。
「関税を設けている理由は、そちらから輸入している小麦が国内で生産している物より安く、あまり金額に差が出ては、国内の農民が生活できなくなってしまいます」
「ならば、生産量をあげては? そうしたら、こちらから買う必要が無くなりますよ」
「あはは、ならばそちらも生糸の生産量をあげては?」
タウラは笑顔でフランソワを追い詰めていく。ミゼラは眉間を揉んでため息をつく。
「だいたい、自分たちは変わらないけれど、相手には変われなんてそんな自分勝手な主張が通るわけないでしょう? そんなの、子供時代で卒業しないといけないことですし。お願いをするときは自分からも魅力的な提示を。要求と対価は大事でしょ? 大人なんだからちゃんとしなくちゃ」
穏やかな人とは思えない口ぶりに、私は思わずミゼラを見つめる。ミゼラは小声でタウラの家系を教えてくれた。
「『丑』の血族は、穏やかで優しい性格で、国同士の外交に貢献してきた一族よ。でも、その優しさが裏目に出た。かつて国内外のあらゆる人と交流していた一族は、国内の困りごとや周辺国の要請に、惜しみなく力を発揮してきた。でも、誰も一族に音を感じていなかったわ。彼らの優しさに甘え、当たり前だと搾取してきた。そのせいで、『丑』の一族は一度滅びかけたの。立て直した一族は、教訓として他者を無償で助けるのを止めたわ」
タウラが一歩も引かない姿勢の理由が分かった。
かつての一族の歴史と教訓。それでいて、彼自身の頑固な性格。それらが彼の外交姿勢に現れているのだ。
タウラに何とか譲歩させようと、フランソワは躍起になるが、タウラには何も効かない。
「罪人の引き渡しは? 条約においてこちらから引き渡しの要請があった場合には直ちに引き渡す義務が発生するでしょう」
「それは領事裁判権が優先になる条約でしょう。弊国で犯した罪は、弊国の法律で裁きます。その後で引き渡し致しますので」
「フラン国でなら、より重い罪に問えますよ」
「貴国には『郷に入っては郷に従え』もしくは『ウサギの巣穴のことはウサギに尋ねよ』といった言葉は無いのでしょうか?」
タウラは淡々と話し合いをするが、フランソワは要求をのまない。タウラは肩をすくめて、「これじゃ、何も決まりませんよ?」フランソワに決断を迫る。
タウラは笑顔だ。笑顔のまま、フランソワをじりじりと追い詰める。
「自分は何も決まんなくても良いんですよ。決まんなくて困ることが、今のところないんです。でも、貴国は改善しないと、財政負担が大きいですよね。じゃあ、どうしたらいいかはわかってると思うんです」
牛の歩みのように一歩ずつ、確実に。
頑固で、怯むことなく、堂々と。
そんな彼が、今は逞しい。しかし、ミゼラはそれが不安要素だと言わんばかりにタウラを睨む。タウラはミゼラに睨まれていることも知らないで外交を続けていた。
タウラのどっしりとした姿に、フランソワはとうとう根負けした。
タウラの要求を飲み込むと、タウラもフランソワの要求を受けれた。
文書の制作と署名を交わし、外交が終わると、フランソワは疲れた様子で午後の予定を確認する。
「午後は博物館にて芸術鑑賞でしたね」
「はい。貴国の歴史や美術品に大変興味があります」
予定の確認が終わると、私たちの仕事も終わる。
廊下でミゼラがタウラの肩を強めに叩いた。
「心配させんじゃないわよ。あんな言い方して!」
「あはは、ごめんよ。でもあんまり言う事聞きすぎても良くないから、国のためには」
「ったくもう、冷や冷やしたわ。でも、アタシの出る幕はなかったわね」
「心強かったよ」
タウラたちの後ろで、フランソワは背中を丸めて歩いていた。
タウラに言い負かされたのが悔しかったのか、すっかり意気消沈していた彼に今朝までの自信はない。
(相手が悪かったな)
私はフランソワを憐れんだ。この時、フランソワを警戒しておけば良かったと思う。
彼の目に、怒りの色を見落としてしまったのだ。




