6‐4 ヒノモトのリュウマ
声の主は、不思議な靴音を立ててこちらに歩いてきた。ヒールとも、革靴とも違うそれは、カラン、コロンと響いている。靴音の正体は、木で出来たサンダルだ。目に飛び込んでくるワンピースのような服は、晴天のような鮮やかな色に金の模様が入っていた。声の主は、分からない言語でぶちぶちと文句を言っている。
《髪の色なんぞでやれ呪いじゃ、やれ前世の罰じゃと……よくもまぁ飽きもせんな。そんなことを言ったら、ワシらヒノモト国は国が生まれたことが罪になりゆう。国によりけり。それもまた良し。それで構わんことじゃいかんのか》
大使館から出てきた男は、眉間に寄せられるだけのシワを寄せて、腕を組んでいる。
怖い表情をしているが、それは私に向けられていない。
彼は、髪の色も瞳も、漆の様に黒かった。
タウラは苦笑いで、私たちに紹介した。
「彼は、極東の国──ヒノモト国の大使で、イズモ・リュウマという方だ」
「もしかして、彼がソラに会いたいと言った本人?」
ミゼラの問いに、タウラは頷く。
リュウマと紹介された男は、この中で浮いていた。一人だけワンピースだし、木を履いているし、国の雰囲気にも合わない。言語も、聞いていると眠くなってくるくらい不思議な発音だ。
(あ、しまった)
私とリュウマの目が合った。バチッと音がしそうな勢いに、私は思わず目を逸らす。しかし、リュウマは木のサンダルを鳴らして私に駆け寄ってくる。
リュウマは私の手を取ると、キラキラした眼差しで喋りかけてきた。
《お主がソラという女子か⁉ ほんに髪が黒いのう! 艶々として良い髪じゃ! それに肌も白くて雪のようじゃな! もしもお主が雪女のようにワシを襲っても、受け入れてしまいそうなほど美しいのう!》
(できれば、わかる言葉で話しかけてくれ……っ!)
リュウマは何か一生懸命に語ってくるが、一ミリも聞き取れない。聞きなじみのあるアクセントが、貿易商のブルームを思い出させる。
ブルームなら、この言語の聞き取りが出来るかもしれない。が、今はここにいない。
私より、彼を連れてくるべきだったのではないだろうか。
私が困っているのを察して、リュウマは《そうじゃった!》と言う。咳払いすると、手を握ったまま、自分を指さして言った。
「ワタシ」「アナタ」「カミ」「オナジ」
たどたどしいイーグリンド語に私はようやく、彼が言っている内容を理解した。私が「ありがとう」と言うと、リュウマは満足そうに笑う。
「アナタ」「キレイ」「トテモ」「スキ」
彼のアプローチに、タウラは「おやまぁ」とのんきに笑う。
私も、ストレートな言葉に、思わず照れてしまった。リュウマの手がとても大きくて熱い。その熱が、私にも移ってしまいそうだ。
しかし、面白くない顔をしているのがミゼラだ。
ミゼラはリュウマと私を引き離すと、私を隠すように後ろに下げる。
「あなた、私の婚約者だってこと、忘れてないでしょうね」
ミゼラの整った顔が、私に向けられる。リュウマは頬を膨らませてミゼラに言った。
「シット」「ミグルシイ」「シツレイ」
「黙らっしゃい。婚約者がいる女性の手を握って口説く方が失礼よ!」
ミゼラが感情的になるのが面白くて、私は「もっと言え!」とリュウマを応援する。ミゼラは「馬鹿でしょ」と、私の頬をつまんだ。
すっかりほったらかしになってしまったフランソワとマシェリに、タウラが「そろそろ」と予定を仄めかす。
夫妻はリュウマの勢いにぽかんとしていたが、ハッとしてリムジンを示した。
『フラン共和国の首都、パリスの街を案内しましょう』
***
今乗ってきた車より、はるかに長い車に思わず「トリスにも見せてやりたい」と零してしまう。車の中なのに、酒や菓子が並んでいてグラスのラックまである。
広いスペースにフランソワとマシェリ、その対面にタウラとミゼラが座る。
私は当然、ミゼラの隣に座った。しかし、リュウマも私の隣に座る。タウラがそれとなく、フランソワ夫妻の隣を進めるが、リュウマは笑顔で「ダイジョブ」と遠慮する。
《似た者同士、近い方が安心するじゃろう》
何か言っていたが、私にはよく分からない。それなのに、リュウマはこの上ない笑顔で私を見ているし、ミゼラはこの上ない険しい顔で私を睨んでいる。
「もう少し離れて座りなさいよ」
「距離を空けたいのですが、リュウマ様がしっかり寄って座っていらっしゃるので」
「アタシとじゃないわ。リュウマとよ」
「空けられたらそうしています。」
ミゼラが不満そうにリュウマを見るが、リュウマは気が付いていない。
タウラがフランソワたちと交流している間、私はリュウマとミゼラに挟まれて胃が痛い。
「ちゃんと断りなさいよ」
《お主はどんな花が好きかの? ヒノモトでは有名な花があるんじゃが》
「誰の婚約者やってると思ってるのよ。自覚が足りないんじゃないの?」
《いつか来て欲しいのう。美しいぞ、ワシの国は。きっと気に入るから》
「リュウマと言ったわね。あんた、馴れ馴れしいんじゃなくて?」
《この国じゃきっと嫌われることが多かろう。ワシも他国に出た時は苦労した。髪の色なんざ、国の個性にすぎんと言うのに》
私は二人に話しかけられて、だんだん具合悪くなってきた。
タウラに助けを求めたいが、彼は今は仕事中だ。私はフラフラしたまま、吐き気をぐっと堪える。
──今なら、トリスの気持ちがちょっとだけわかる。
車でこんな状態になるんじゃ、寝るしか出来ることがない。




