6‐3 外交開始
休憩をはさみつつ、車で揺られて数時間。フェリーに乗って、ちょっと雑談をしつつ海を楽しむ。フェリーを降りて少し走ると、フラン共和国の首都についた。
トリスは乗り物全てに体調を崩し、ミゼラを完璧にサポートする普段の姿とは全く違った姿を披露する。
「お前、乗り物全部駄目だったんだな」
車の中で、私は彼に水を差し出す。トリスは水を受け取ると、一気に半分以上飲んだ。
「乗る機会が、自分で運転する時しかないからな。集中してないときの揺れは本当に具合悪い。お前は平気そうだな」
「輸送で」
「それ以上言うな」
トリスは察すると、また横になって一瞬で眠りにつく。あまりの早さに、彼の乗り物酔いは、寝不足や日頃の疲れによるものではないのだろうか。そういえば、水分補給している姿もあまり見かけない。
ミゼラに使用人をもう一人くらい雇うことを進言しよう。せめて、夜間の業務くらいは休ませてやらねば。
私は外の景色を眺めた。
石造りの家の多いのはイーグリンドと変わりない。だが、街灯や道の至る所に芸術的な装飾を施してあり、自国よりお洒落な街だ。
私がよく行っていた国の端の村も、こじんまりとしていたがお洒落な造りで、国全体が美意識が高いのだと思い知らされる。服飾系の店も多いのも納得だ。道行く人は皆、貴族のように洒落た服を着ていて、中流階級でも間違えてしまいそうだ。
街の至る所にパン屋があり、どの店も美味しそうだ。特に、クロワッサンなんて名前のパンが気になる。
タウラは大使館にハンドルを切った。
イーグリンド大使館のフランの街並みと似合わない厳格な色味に、謎の安心感を得る。
「大使館や領事官は、全てイーグリンドの伝統的な造りにしてあるんだ。自国民にも外国人にもわかりやすいし、領事館が自国と同じだと、自国民は困ったことがあったら、安心して来られるからね」
タウラの説明に私は感心した。
外交省の仕事は、外国との交流のみならず、大使館や領事館の管理もあるのか。他国の官僚と話をするだけの簡単な仕事じゃない何て。案外、軽く見ていたらしい。
タウラは車のトランクから荷物を降ろし、大使館に運ぶ。私もトリスを起こして、荷物を取り出した。ミゼラは珍しく、何もせずに立っている。トリスも、荷物を降ろさず、ミゼラの側に控えていた。
「トリス、荷物はいいのか」
私が尋ねると、トリスは大使館のドアを指さした。
すると、その直後に大使館のドアが壊れそうな勢いで開いて、血相を変えた職員が飛び出してきた。
「お、お待ちください! 私共が運びますので~~~!」
ミゼラは「よろしく」と言って、トリスを従える。彼らの荷物も、私も荷物も、職員が抱えて大使館に運んだ。
***
それぞれの部屋に荷物が運ばれた後、ミゼラはタウラに小言を零す。
どうやら、タウラは何だって自分でやってしまうため、職員の出迎えや外交支援を台無しにしてしまうのだとか。しかも、資料や領事館の相談事も自分で見聞きしたり、仕事外の時間でも頼みごとがあれば引き受けてしまったりと、タウラが出る幕もないことをやってしまうので、職員はタウラが来ると慌ててしまうらしい。
タウラは「申し訳ないなぁ」とは口で言いつつ、どうも反省している様子はない。ミゼラも呆れたため息をついて、話を終わらせた。
「あんたの優しさは一級品よ。でも、時と場合を選んだ使い方をした方がいいわ」
「あはは、それはそうかもね。でも、先祖の轍を踏んだとしても、自分は人を助ける人でありたいからさ」
タウラという男は、見た目とは裏腹に頑固なのだろうか。
ミゼラも眉間を揉んで、「仕事しましょ」とタウラを促す。タウラは「そうだね」と言って、トリスに滞在中の予定表を渡す。
「これ予定表ね。確認しておいてくれるかな。今日は街案内と外食だけだからそんなに遅くならないよ」
「かしこまりました。ご配慮ありがとうございます」
トリスはチラッと私を見ると、予定表を見えるように掲げる。私はそれを見て軽く頷いた。私はミゼラの隣に立つと、ミゼラの腕に手を回す。ミゼラはこちらを見ずに、私をエスコートしてくれた。
タウラは職員の送迎を断って、自分の車に向かった。私はミゼラと彼の背中を追う。
車に乗ると、タウラは来た時同様に安全運転で走り出す。
車に乗って、そんなにかからない内に、フラン共和国の外務省に着いた。黄色味のある煉瓦の建物の前に立つのは、きれいなブロンドの髪をした男女。彫刻のように美しい二人は、私たちを笑顔で出迎えてくれた。
「ようこそ、歓迎いたします」
綺麗なイーグリンド語にミゼラも感心していた。タウラは彼らの歓迎に「ありがとうございます」と、握手をして喜んだ。
タウラは私たちに、先方を紹介する。
「こちらはフラン共和国の外務省大臣のフランソワ・エミールと、奥様のマシェリさんだよ」
フランソワとマシェリは私たちとも握手をする。ミゼラが微笑むと、フランソワも安心したような表情をする。
タウラは次に、エミール夫妻に私たちを紹介する。その時、彼はフラン語で紹介した。
『彼は私の友人でミゼラビリス・マレディクトスと、婚約者のソラ・アオイノモリです』
ミゼラは『よろしく』と言うが、私は違和感を覚えた。それが何かが分からない。けれど、仕事の邪魔をするわけにもいかないので、何も言わずに黙っていた。
すると、マシェリがフランソワの耳元で何かを言っていた。聞こえてくるのはフラン語で、ちらちらと私を見ている。
『本当に真っ黒な髪ね。呪われているみたい』
そんなことを言っているのが聞こえた。私には分からないと思っているのだろうか。
多言語だろうが何だろうが、自分の悪口を言われているのは、なんとなくわかるぞ。そういう生活をしてきた。そう言わ続ける人生だった。その程度ならわかるまいなんて甘えすら、敏感に感じ取ってやるからな。
『本当だ。教会でお祓いしても無駄なのかな』
『きっと前世より前から酷いことをしてきたのよ。これはその罰なんだわ』
私が今、フラン語で喋り出したら、彼らは驚くだろうか。
私が口を開きかけた時、外務省の中からとてもよく通る声が響いた。
《それは聞き捨てならんのぉ》
聞いたことのない言語だ。けれど、それは私を庇ってくれているように思えた。




