5-1 卯家のアフタヌーンティー
何種類ものバラが育つ庭園。
豪華と言えば豪華、それなのに控えめで厳格さもあるのは、家主の趣味か、お家のせいか。
水色の綿のドレスが、初夏に負けて少し暑い。エリーゼに選んでもらったアクセサリーが、こんなに早く活躍すると思っていなかった。
私は丁寧に、几帳面に整えられた庭園を進み、甘い香りのする方へと向かう。
着いた先には、真っ白なガゼボがあり、同じく白のガーデンテーブルが中に置かれている。
アンティークな食器と、カラフルなデザート。それを優雅に楽しむ一人の令嬢が、その空間に嫌に馴染んでいた。
アルビノの髪を後ろで団子に結い上げ、白い肌は日差しに当たらないように、日陰から出ないように気を遣っている。つり目気味の目は、私と同じ赤い瞳なのに圧力はなく、むしろ、何を考えているのか分からない。
「来ましたね。アオイノモリ様」
彼女は私を真っ直ぐに見つめると、音を立てずに席を立つ。
私はドレスの裾を持って、恭しくお辞儀をする。
「この度は、お招きくださいましてありがとうございます」
「へぇ、きちんとした挨拶が出来ています。聞いているより、礼儀正しいかもしれませんね」
「お褒めいただき光栄に存じます。──レープス伯爵令嬢」
「一点減点。それは父が名乗れる名称です。私のことは『イリス』、『サピエンテム伯爵令嬢』とお呼びください」
「失礼いたしました」
発する一言にも神経を尖らせる。そのくらい、今日の仕事は緊張する。……夜中の侵入者を排除する方が何倍も楽だ。
イリスは小さくため息をついて、手のひらでテーブルを指した。
「始めましょう。『サピエンテム家のアフタヌーンティー』を」
──はぁ、息が詰まる。
***
「アフタヌーンティー?」
ある日の朝、ダイニングで朝食をとっていると、唐突に仕事を告げられた。ミゼラも不満があるのか、眉間に見たことないくらい深いシワを刻んでいた。
「この前の会議の後、ある貴族と『婚約者の教育はどうか』と話になってね」
「もちろん、大丈夫とお答えになってのでしょうね」
「いいえ? 不安だらけと言ったわ」
「はっ、そりゃそうでしょうね。わざわざ刑務所に婚約者を探しに来た、物好きでらっしゃるのだから」
「昨夜は襲撃があったみたいね。襲撃があった日のあなた、皮肉も口の悪さも強烈になってるから」
ミゼラはトリスに一枚手紙を渡すと、トリスはそれを、私に渡した。
「その方からの招待状よ。アフタヌーンティーのお誘い。まぁ、お相手は当人じゃなくって、その方のご息女だけれど」
「貴族主催のご令嬢アフタヌーンティーということで?」
「そうよ」
「なら簡単では? そうも苦い顔をする必要がないでしょう?」
私が尋ねると、トリスも渋い顔をする。
ミゼラは静かに紅茶を一口飲んだ。
エリーゼは、封筒の兎のシーリングスタンプと【サピエンテム】という名前に、首を傾げる。
私も、特別不安な要素を感じない。要は、このアフタヌーンティーに参加して、令嬢を偽って帰ればいい。ティーとついているからには、きっとお茶が飲めるのだろう。適当に一杯ひっかけて帰るだけの仕事に、そんなに苦い顔が出来るのか?
ミゼラは頬杖をついて、真っ赤で艶やかな唇を開く。
「その『サピエンテム』って言うのが、十二血族の一つ、『卯』の家──『レープス伯爵』家なのよ」
私は察した。
彼らが私を招いたのは、教育のためでは無い。令嬢としてのスキルや教養を試すためだ。
そもそも、先の会話においても、私の教育を申し出るとは思えないし、接点すらない。
なるほど、彼らは十二血族に近づく者を、危険か否か、排除すべきか否かを問うために、わざと【招待】したのだ。
「貴族というのは、遠回しがすぎませんか」
「アタシも悪習とは思ってるわよ。でも、それが必要な人達もいる」
「フィリップ様のような?」
「そう、フィリップのような」
トリスはミゼラの隣で、紅茶の給仕をしつつ、会話に参加する。
「レープス伯爵家は、この国の【教育・知識】に関すること全般をになっている。小学校から大学院まで、図書館の運営や国家資格の管理もだ。この国で国家資格を取得すると、兎の紋章の入った証明証が発行される。それはその為だ」
「十二血族それぞれで研究施設を持っている所もあるけれど、圧倒的に多いのはレープス家よね。研究のために補助金も出したり、教材の充実に力を入れたり、貧富に関係なく無償教育を施したり……知識に関してのことは、かなり力を入れているわ」
「そんな家に招待されたって……私、何かしました?」
「何もしてない方がおかしいだろ」
「昨日つけた焼却炉、まだ火が残ってるんだよなぁ。お前で消していい?」
「やめなさいよ。毎日飽きないわね」
ミゼラにやんわり止められて、私はようやく手紙に目を通す。
お手本のような綺麗な字が、便箋に隙間なく詰まっていて、たった二枚の手紙が、濃密な小説のように感じる。
要約すると、『お前の婚約者をきちんと教育するので、都合がいい日の午後に時間をいただきたい。親睦を深めるために、娘とアフタヌーンティーをしよう』という内容なのだが。
「レープス伯爵のご息女は頭脳明晰で、わずか八歳で大学院レベルの勉強をしていたという秀才よ。歳近いし、よく会うけれど、アタシも時々話が分からないわ」
「高度な会話をする方だ。少しでも平民だと分かったら、婚約者の価値無しと判定されるだろうな」
(……そんな天才とお茶飲むの?)
一目でバレそう。
頭を抱える三人に、エリーゼは一人で私に着せるドレスのことを考えていた。
呑気な彼女に、トリスが呆れる。けれど、エリーゼは「大丈夫ですわ」と言う。
「要は、その日の午後だけ耐えたらいいのですわ。どうせ、また会う機会なんて早々ないのですから、付け焼き刃でも構いませんでしょ? それに、お姉様の魅力は自分に真っ直ぐなことにあるのですから、困ったら思ったことをドーンと言ってしまえば良くってよ!」
エリーゼはドレスを選びに、さっさと部屋に向かった。
ミゼラは不安だらけな表情で、「無事に帰ってきたら給料は弾むわ」とトリスを従えて仕事に向かう。
私も一応返事はしたものの、誰もいなくなったダイニングで、大きなため息をついた。




