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4-8 アクセサリーを買おう



「綺麗なイヤリングですわ。お値段いくらですの?」


「48万パウです」



 ――農民の半年分かぁ。



「まぁ、素敵なブレスレット! こちらは?」


「32万パウです」



 ――四ヶ月分。



「綺麗な色ね。こちらのマニキュアは?」


「セールでお安くなっておりますので、8万パウとなっております」



 ――農民の、月収じゃねぇか。



 私の前に並ぶ装飾品の数々が、どれも輝いて眩しい。その中から、エリーゼが私に似合う品を選んでくれていた。

 ブルームの部下だという女の商人は、私とエリーゼに見えるように、装飾品をテーブルにずらりと並べ、尋ねたことに全て丁寧に返答してくれた。


 しかし、商人の口から飛び出す値段があまりにも高く、どうしても農民時代の稼ぎと比べてしまう。

 マニキュアひとつで稼ぎの全てが消し飛んでしまう贅沢を、貴族は『たしなみ』と言って楽しんでしまうのだから、憎たらしいやら妬ましいやら。元農民の魂が怒りに燃えてしまう。



(――いいや、それより)



 商人の傍にある、重ねられた請求書の数が、そろそろ五枚になる。エリーゼを止めなくては、ミゼラが請求書を見た時に目玉が落ちるほどびっくりしそうだ。

 渡された請求書だけでは足りないなんて、エリーゼはどれくらい買う気なのか。というか、仕舞う場所なんてあるのか?



「エリーゼ、もう必要なものは買った。それ以上はいけない」


「何を言いますの!? まだお姉様を飾るには足りませんわ!」


「ブレスレット、イヤリング、指輪に髪飾り、(かんざし)も数本、マニキュアとメイク道具、アイシャドウやらチークやら……なんか分かんねぇけど、色々買った。使うタイミングも無さそうなアンクレットもある。むしろ、あと何を必要とするんだ?」


「ネックレスも必要ですわ!」


「もういい。もういい……ミゼラが泡を吹く」


「エリーは構いませんわ!」


「私たちの雇い主だ。もっと気にかけてやれ」



 エリーゼは頬をふくらませて、最後にネックレスを選ぶ。



「銀のチェーンのネックレスはありませんの? お姉様は肌が白くてらっしゃるから、金ではネックレスが浮いて見えますのよ。それに、赤い石がついている物はありませんこと? 黒も緑も、お姉様の麗しい黒髪には映えませんわ」



 エリーゼの無茶な要望にも、商人は持ってきたカバンを開けて、別の品を提示してくれる。

 銀のチェーンの、赤い宝石がついた一品に、私も感嘆をもらす。



「こちらはガーネットのネックレスでございます。深い紅色が大人な雰囲気を演出しつつ、華やかな一品となっております。宝石を縁取る細工も、アイビーを象っており、森の奥で眠る宝石を守るようなデザインで、アオイノモリ様にピッタリな商品となっております」


「ふぅん。お姉様の神秘的な魅力を匂わせるにはピッタリですわ。これにします!」


「ありがとうございます。こちら100万パウですね」


「エリーゼ! いくら何でも高すぎる!」



 エリーゼたちの様子を静観していたが、流石に口を挟んだ。

 エリーゼも商人も、不思議そうな表情をしているが、私はエリーゼを止めるのに必死だった。



「最低限でいい。必要なものは十分にある。それ以上に必要なもんか。だいたい、こんなに高いもの、私には相応しくない。持っていたってそれこそ……宝の持ち腐れじゃないのか」



 自分で言っていて、惨めになる。けれど、所詮は農民。その上、貴族殺しの殺人犯だ。人としての尊厳も、高潔さも持ち合わせていない。

 この仕事が終わったら、私は人殺しの農民に戻るのだから、そんなものを持っていても仕方がない。


 ──いいや、貴族の皮を被っていこそいるが、今も人殺しであり、農民であることに変わりない。

 そんな人間が、こんな上等な品を、持っていて良いわけが無い。




「相応しいか、相応しくないかは、エリーが決めますわ」




 エリーゼは、私の肩にそっと手を置いた。

 蜂蜜色の瞳が、私の目線と合わせられ、じっと飲み込むように見つめている。



「アクセサリーは、お姉様の価値をあげるものじゃなく、お姉様の個性を助長させるものですわ。お姉様を表現するのに必要な外付けのパーツであって、アクセサリーの値段が、そのままお姉様の魅力になるわけではありませんの。

 ですから、どうか、アクセサリーの値段ではなく、デザインや色を見てくださって? どれも、お姉様にお似合いの品ですわ」



 エリーゼに言われて、私はようやく彼女が選んだ装飾品を見た。

 彼女の言う通り、選ばれた品々はどれも一級品で、私の髪色や目の色、肌、印象に合わせてある。

 私はようやく、それらを美しいと思えた。



「そうだな。……どれも、綺麗だ」



 心からの言葉に、エリーゼは満足そうに微笑んだ。

 商人から請求書を受け取って、私たちは商人を見送る。

 エリーゼは買った品を大事そうに抱えて、部屋に運んだ。


 ふと、私は疑問を口にする。



「沢山買ったのは良いが、しまう場所なんてあるか? あの部屋、無駄に広いが収納場所なんてほとんどねぇぞ?」



 私の言葉に、エリーゼは目をまん丸にした。



「クローゼットにアクセサリーボックスがありますわ。 それもかなり大きな……まさか、今まで使っていらっしゃらなかったの!?」


「え!? そんなものあったか!?」


「アンティーク調の、高級感のあるものがありますわ! やだ、誰もお姉様に教えてないのね! これだから野郎共はいけないの! 『天は人に二物を与えず』と言うけれど、()()()()しか与えられてない奴らなんて!」


「やめろ。わざとでも無ければ、私も必要なかったから聞かなかっただけだっつーの。あとちょっと面白いから」



 エリーゼは先程までの上機嫌から一転して、頬をリスのように膨らませてぷりぷりと怒っていた。

 私は彼女をなだめつつ、請求書の束に目を通す。

 最終的な金額に目眩がするが、これも、貴族として振る舞うための必需品と思おう。


 ミゼラのしかめっ面が、急に恐ろしくなった。

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