4-7 集合! 十二血族
ミゼラはとある場所の廊下を歩いていた。そこはこの国のどんな建物よりも堅牢な作りで、周りの国と比べても劣らないほど豪華だ。
金の装飾を施した重く分厚い扉を開けて、ミゼラは中にいる人物たちを一瞥する。
明るく豪華なシャンデリアの下、大きな円卓を囲む特別な貴族の面々。フィリップやブルームの他にも、十二血族が揃っている。ミゼラは聞こえないようにため息をついて、自分の席に着く。
「随分遅かったじゃねぇか」
開口一番、ミゼラに嫌味を浴びせる女がいた。輝く金髪のベリーショートヘアに、虎のように鋭い目を持つ女だ。
『寅』の席に座る彼女も、ミゼラ同様に高貴な一族の人柱だが、その粗暴さには開いた口が塞がらない。
会議だというのにシャツと伸びる素材のパンツなんてラフな格好で来て、挙句、テーブルの上に足を乗せている。行儀悪いことこの上ない姿を晒して、誰も何も言わないのは、彼女の喧嘩の強さとその実力を知っているから。
「忙しいのよ。大目に見てちょうだい」
「ははぁ、それは申し訳ない。でも、集合をかけたのも、この時間を指定したのもお前だろ? 遅れてきたんだから、『ごめんなさい』の一言くれぇ欲しいもんだな」
「……今日は随分と絡んでくるのね? アタシ、あんたに嫌われてると思ってたんだけど、ロイ?」
「嫌ってねぇさ。でもオレら騎士団には秩序と高潔な志がある。それを制定した側には守って貰わねぇとな? ミゼラ」
ロイと呼ばれた女は、胸につけた騎士団のバッジを見せつけるように引っ張る。ミゼラはため息をつくと「悪かったわ」と一言投げた。
「ミゼラにそんなに言えるなんて。相変わらずロイは強いねぇ」
ロイの右隣で頬杖をつく男が微笑む。
『丑』の席に着くのは、清潔感のある茶髪が綺麗な男だ。まつ毛が長く、目を細めるとアンニュイな表情に変わる。肌は白いが、彼の右隣、『子』の席に座っているフィリップと比べると血色が良い。むしろ、フィリップの病弱そうな肌色が強調されて、健康なはずなのに具合悪そうに見える。
ロイは「強かねぇよ」と男に返事をする。男は困ったように眉尻を下げた。
「自分は気が弱いから、指摘したくても言うべきかどうかで悩んで、結局言えないからねぇ」
「相変わらず考えすぎな奴だな。すぐ言わねぇと、遅れたらそれが命取りになることだってあるんだぞ」
「ロイの言うことはもっともだけどさぁ、あんまり細すぎてもじゃない? それに、タウラの言い方だと君もミゼラの遅刻に文句言いたいように聞こえるよ」
「エッ!? あ、いや! 1分くらい別に何も思ってないから! 嫌味を言おうと思ってたわけじゃ!」
「知ってるわよ。落ち着きなさい。フィリップ、あんたもタウラをからかうんじゃないわよ」
「あはは、つい」
タウラという男は誤解が解けて、安堵のため息をついた。
その様子を見ていたロイの左隣、手を膝において静かに座っていた初老の男性が、聞こえよがしに息を着く。
「はぁ、最近の若い者は行儀が悪くていけませんね。こういった場では、静かにするのがマナーでしょう」
ライトに輝くアルビノの髪が、艶やかな紳士は『卯』の席に着いていた。彼を、ロイは鼻で笑う。
「レープス伯爵、『会話は相手を知る一番の方法』ってお前が言ったんだろぉ? お前の教育通りのことしてんだから、お節介焼くなよな。老けるぞ」
「『時と場合を考えて行動すること』、『礼節を欠けば知己とて敵となれり』とも教えたはずです。個人的に解釈するのは大いに結構。ですが、教養を捨てるのは十二血族として……」
「あーもぅ! やめてよね。ここで喧嘩しないでちょうだいョ」
ロイの対角線に座る、『申』の席。ミゼラ以上に派手な姿の女が、長い爪を眺めながら仲裁した。
オレンジに緑のメッシュが入った髪を、幾つもの三つ編みで固め、頭の高い位置で束ねている。
ゴールドのラメの入ったアイシャドウに、漆黒のアイラインが鋭く伸びる。つけまつげは二枚使っているだろう。
「あんまり喧嘩されたら、ストレスでニキビが出来ちゃうヮ。明日からジャーマー連邦共和国でショーがあるのョ?」
「他人の喧嘩でストレスだぁ?」
「アルテムの意見は一理ある」
『亥』の席に座る女は、大きな丸メガネをかけ直し、ニコニコと微笑みながら医学書をテーブルに上げる。
手が余るほどの袖を、グイッと引き上げて、ページを捲った。
「最近の心理学の研究で、他者の喧嘩、暴言を聞いた際のストレス値の変化といった論文が発表されたんだけど、これがなかなか面白くって。今度ロイにも研究論文のコピーあげるよ。これの何がすごいってさ、この結果に確証が出たら、小児精神治療にも役に立つって事でさ」
嬉々として話続ける女に、『酉』の席のブルームが頭を抱える。
「ミゼラ、早いとこ止めなっせ。アグラヴァば話し続けると、また夜中まで続きゆうがね」
「そうね。アグラ、お願いだから」
ミゼラが止めようとすると、『戌』の席から声が飛んだ。
「貴様ら、静かにできんのかっ!」
拡声器越しの声を至近距離で聞いたかのような大声に、誰もが耳を塞ぐ。
黒い短髪の、中年くらいの男は腕を組んで、ふんふんと鼻息荒く卓をじっと見回す。
ミゼラは、まだキーンとしている耳を押さえて男に頭を下げる。
「カーニス伯爵、ご協力どうも」
「こんなの協力とも言えん。はしゃぎ回る子供を抑えるのも、大人の務め。責務を果たしただけのことよ」
「だとしても、その声は凶器ョ。鼓膜が破れたらどうするつもり?」
「アグラがおるがね。治しちもらいよ」
皆が皆、耳の痛みに耐える中、こっそり席に座ろうとする男がいた。
長い髪を適当に束ねただけ、スーツはヨレヨレで靴は履き替えていないようで、泥だらけのスニーカーで登場した。
それを目ざとく見つけたロイが、「お前、いなかったのか」と嫌味っぽく言う。
空席だった『午』の席、そこには申し訳なさそうな、気まずそうな男がぎこちなく笑う。
「ご、ごめん~。畑に肥料だけ撒いたら行こうと思ってたんだけど、雑草が伸びてるの気になっちゃって~」
妙に間伸びする話し方に、ミゼラも気が抜ける。
ため息をついて、男の肩を叩いた。
「遅刻した同士、仲良くしましょ。エイヴ」
「エッ!? ミゼラも遅刻したの~?」
「アタシは1分よ」
「遅刻に入らないじゃん~……」
落ち込むエイヴを、彼の左隣に座る女が慰める。
ブロンドの、ふわふわとした雲のような髪が可愛らしい。タレ目で優しげな印象の顔つきは、誰もが母性を感じるようなオーラがあった。
「ちょこっと時間を忘れるくらい、誰にでもあることよ。気にしたらメッ! 落ち込むくらいなら、会議に集中して、誠意を見せましょうね」
「そうだね。オーリア、ありがとう」
ミゼラはようやく会議に入れそうな雰囲気に安堵する。
会議が始まるまで15分もかかってしまった。──今日はいつもより早い方か。
ミゼラは大きく息を吸って、宣言した。
「これより『辰』の血族──『ドラク』の合図をもって、十二血族会議を始める!」
今日も、忙しい一日が始まる。




