4-6 朝食の席の会話
「あら、今日は一段と気合いの入った格好ね」
ミゼラは私を見ると、微笑んで席に着く。今までの私とはまるで違った見た目をしているのだから、当然とも言える。
今日は薄水色のドレスと、白いパンプス。ハーフアップでオシャレにまとめた髪を、白いバレッタで留めていた。
化粧はパウダーをはたき、眉毛を描いてリップを塗っただけ。それなりに見えていればいいだろうという、私の怠惰癖だ。
もちろん、ミゼラには通用しない。一瞥しただけで化粧を疎かにしたことを見抜くや否や、彼は「今日は調子が悪いのかしら?」と遠回しに指摘する。
私は、「調子が乗らなくて」と、適当に、それっぽく返事をした。
「今朝の食事は簡単に済ませるわ。忙しいから、会話は手短に。あなたもお勉強、頑張ってちょうだい」
そう言って、ミゼラは運ばれてきた食事を手早く口に運ぶ。それでいて食事の所作は綺麗なのだから、文句の付けようもない。
私の食事はエリーゼが運んできた。
焼きたてのクロワッサンが二つと、ベーコンエッグ、トマトサラダとゆで卵。紅茶が一杯、添えるように置かれて、私は食器に指を置く。
エリーゼはトリスの隣に、一人分の隙間を開けて立つと、私の背中に熱視線を送る。
「はぁ~……お姉様。食事をする姿も麗しゅう」
「お前、しっかり気持ち悪いな」
「野郎風情が、エリーのことに口を出すんじゃねぇですわ」
トリスとエリーゼの会話が聞こえてくる。
ケンカしそうな雰囲気にヒヤヒヤしつつ、私も食事を進めていく。
ミゼラは食事を終えると、口を軽く拭いて席を立った。ポケットに入れていたルージュを塗り直して、私の横を通る。
「そうだわ。必要なものはないわね?」
ミゼラの毎朝の問い。私はいつも「ありません」と答える。
特に必要になるものなんてなかった。ここには、私が今まで育ってきた中で、必要なものが揃っている。それ以上を望むなんて、贅沢極まりないだろう。
「ありませ「アクセサリー類が少なすぎますわ」
私の返事を遮って、エリーゼが声を張った。
トリスが驚く横で、エリーゼはミゼラに臆せず物申す。
「お姉様を飾るためのアクセサリーが必要最低限すぎて、足りないなんてものじゃねぇですわ。新人の娼婦だって、もっと沢山アクセサリーがあるものです。令嬢であるなら尚さら、必要になるのではなくって?」
エリーゼの要求の裏を取るように、ミゼラは私をじっと見下ろしてきた。
私はその視線から目を逸らし、「必要ありませんでしたので」とだけ返す。
ミゼラはため息をついて、「おバカ」と私にデコピンをした。
「好みがあるだろうから、一式だけ用意したのよ? それを、まさか理解してなかったわけ?」
「すみません。私には縁遠い品物ですので、必要かどうかの判断がつきませんでした」
「……買ったこと無かったの?」
「一度だけありますが、いい思い出では無いので」
「……そう」
ミゼラはもう一度ため息をついて、私に一枚の髪を渡した。
開いてみれば、白紙の請求書だ。──何に使えと?
「午後に貿易商を呼ぶわ。そこから好きに商品を選んで買いなさい。コレを渡したら、すぐ分かるから」
「例の、ガッリーナ商人ですか?」
「そうよ。アタシはそこから買ってることが多いから」
「分かりました」
ミゼラがスタスタと部屋を出ていくと、トリスは食器を下げる。
エリーゼは私の耳元で、「良かったですわね」と嬉しそうに言った。
しかし、今更アクセサリーなんて、何を選べばいいのやら。興味もなければ、自分で身につける機会もないというのに。
けれど、エリーゼが楽しみにしているし、「やはり要らない」とは言い出しにくい。
(困ったら、エリーゼに決めてもらえばいいか)
食事を済ませ、エリーゼに片付けてもらう。
その間に部屋に戻り、トリスが事前に準備していたテキストを広げて、勉強を始める。
青い空を流れる雲は、日に日に重たさが薄れる。肌で感じる日差しが強まりつつある朝を、ミゼラは一段と豪華な馬車で屋敷を去っていった。




