4-5 メイド新参!
エリーゼを保護してから一週間。
私は今日も、トリスにシーツを剥がされて目を覚ます。
「起きろ! 起床時間は二分前だ!」
相変わらず几帳面で、潔癖症だ。
私を乱暴にベッドから下ろし、使っていたシーツに汗が付着しているのを見た瞬間、爪の先でシーツを掴んでカゴに放り込む。
その他の洗濯物を回収しながら、「汚い……汚い……」と、いつも通りの念仏を唱える。
私はそれを聴きながら、ドレッサーに置かれた水桶で顔を洗う。
目を閉じたま大きく欠伸をして、近くに置いてあるタオルを手探りする。
「どこだ……」
「ここですわ」
誰かが私にタオルを握らせる。私は顔を拭いて、その誰かを見た。
黒いスカートと、白いエプロンが良く似合う、栗色の髪のはちみつ色の瞳。エリーゼが微笑んで立っていた。
「御髪はエリーが整えますわ。お姉様はスキンケアに専念なさって。お姉様の麗しい肌が荒れては、エリーも悲しゅうございます」
エリーゼはそう言って、水桶をドレッサーから下ろすと、トリスをじっとりと睨む。
「おい、野郎。これをさっさと片付けろですわ。お姉様の邪魔になるでしょ」
「ここにいる女は皆、口と態度が悪いと暮らせないのか?」
エリーゼの物言いに、トリスが顔をしかめる。私はエリーゼに隠れてため息をついた。
***
四日前に遡る。
エリーゼが勤めていた店に、警察が捜査に押し入った。
というのも、ミゼラが知り合いに手紙を送ったら、届いたその日に店を調べて、そのまま家宅捜査に入ったらしい。
刑務所に入っていた身として、手続きの多さを実感していたが、これ程までに早く捜査が進むとは、権力と金が絡んでいそうだ。
捜査の結果、人身売買の証拠や麻薬の所持、それを娼婦に使っていたこともあり、店は違法営業で即閉店。支配人も逮捕された。
娼婦の女たちはそれぞれ病院に移送されたり、警察で保護されたり、家に帰ったりと様々な身の振り方をしたが、エリーゼは国に帰るだけの金も無ければ、売られた事実が、彼女の帰りたい気持ちを消してしまった。
ミゼラが仕事を斡旋しようと、働き口を探したが『労働環境女性のみ』なんてものはなく、頭を悩ませていた。
エリーゼも早くここを出ていかなくては、と焦っていて、どちらの気持ちも痛いほど分かる。
それで私はミゼラに言った。
「私、メイドが欲しいんですけれど」
***
『必要品は支給』──ミゼラと交わした契約に、この一文があって良かった。
品物扱いをしたのは申し訳ないが、これなら困らないだろう。
ミゼラは仕事を斡旋を。
エリーゼは安心出来る労働環境を。
どちらの条件も満たした、私なりの最適な答えだ。
最初は困った顔をしたミゼラだが、私との契約を思い出すと、エリーゼにフラン語の契約書と、仕事着を渡した。……それと、イーグリンド語の教科書と参考書。
『こっちの言葉と仕事を覚えてちょうだい』
そう言って、彼はエリーゼを雇用した。
***
エリーゼは恍惚とした顔で、私の髪を梳かす。ヘアオイルを丁寧に塗り込んで、より艶やかに仕上げる。
「はぁ~~~。いつ見ても惚れ惚れですぅ。お姉様の髪は、夜のように美しいです」
「ありがとう」
「アクセサリーが少ないのが残念ですわ。もっと種類があっても良くなくて? ねぇトリス! お姉様のアクセサリー買って!」
「お前の給料で買え!」
エリーゼは、三日でイーグリンド語を覚えた。その早さには驚かされたが、やはりどこか違う。
特に、男性と接する時の言葉が、絶妙に荒い気がした。
というのも、言葉を覚えて一番最初に言ったのが、「男はクズだと知っています」だった。
今までの環境が悲惨だったとはいえ、男にそこまでの嫌悪を抱くだろうか。……いいや、それを自分の価値観だけで推し量ってはいけない。
まずは、ちゃんと言葉を覚えたことを褒めなくては。私が「すごいな。ちゃんと発音できてる」と言うと、エリーゼは満面の笑みで「そうでしょう?」と喜んだ。
「誰も助けてくれなかったのに、助けてくれた。あなたの為なら、エリーは何だってします。よろしくお願いしますわ、お姉様!」
──呼び方は、矯正しきれなかったが。
エリーゼは私の髪の手入れを終えると、少ないヘアアクセサリーを揃えて、鏡越しに尋ねる。
「お姉様、今日はどのように髪を結わえましょう?」
用意されたのは、ミゼラが一番最初に揃えてくれたアクセサリー類だ。必要最低限のそれを、今まで言われた時にしか付けたことがない。
それに、今まで無縁だった装飾品を、どう着けていいかも分からず、ずっと放置気味だった。
「そういうのは疎いんだ。エリーゼの好きなようにしてくれ」
自分では分からないし、必要もなかったから、エリーゼに丸投げした。困るか……? と、鏡のエリーゼを見ると、彼女は微笑みを浮かべている。
「かしこまりました。エリーの腕にかけて、お姉様に似合う髪型にしてみせますわ!」
トリスが、ため息をついて部屋を出ていく。私は、上機嫌で髪を結うエリーゼを、鏡越しに見ていた。




