表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/113

4–2 万事屋『旅人』

 ミゼラの許可を取り、馬車を借りて王都へ向かう。

 トリスは運転をしながら、ブツブツと文句を言った。



「全く、ワインの価値も知らないで飲むなんてな」


「酒は酒だろ。値段なんて、気にしたことねぇ」


「一本100万パウだぞ。それを飲み干したんだぞ。……死体を焼きながら」


「美味かった。ツマミなくてもイケるもんだな。あ、それで思い出した。今日の夕飯肉料理がいい」


「今日は魚だ。絶対に魚」


「ヤダ! 肉!」


「とんでもねぇもの見ながら食いたいと思ったもんを、俺に作らせんな!」


「じゃあ、自分で作っていいのか?」


「絶対に厨房に入るな」



 トリスは、馬用のムチを私に向けて威嚇した。私は不満ながらもムチを押し返して椅子に座り直す。



「で、ワインの買い直しっつってたけど、79年物のワインが買える店なんてあるのか?」


「普通は無い。しかも、お前が飲んだのはこの国で製造されたワインじゃない。だから、余計に入手が難しい」


「じゃあ買いようがないじゃねぇか」


「バカ。言っただろ。普通は、って」



 トリスは含みのある言い方をして、馬を操る。一体どこで仕入れるというのか。



(…………あぁ、そうか)



 手に入れられない海外の製品を、手に入れられる人から、か。



 ***



 イーグリンド王国王都──ロン・ド・ロゥ


 アパートや会社が詰め込むように並び、石畳の道は沢山の人が行き交っている。

 馬車だけでなく、自動車も走り、道の露店では、見たこともないような食べ物が売っている。


 綺麗な服を着た夫人や、街灯の清掃をする掃除夫もいて、沢山の仕事や服装に溢れていた。



「凄いな。皆同じような服じゃない」


「お前がいた村もそうだったのか?」


「あぁ、皆農民だからな。安価で頑丈な麻の服だったよ」



 都会と田舎は違うとは思っていた。殺した領主も、流行りの服が好きだった。似合っているかどうかは別として。

 村民が我慢して麻の服を継ぎ接ぎ直して来ていたのに対し、領主の都会的な格好は浮いていたっけ。



(……ん? お前がいた村『も』?)



 トリスも、村出身なのだろうか。

 そういえば、トリスのミゼラに仕える前の話は聞いたことがない。

 お互い、見た目で受けてきた偏見や差別があったから、聞くのは避けていたし。

 ……聞いた方がいいのか、聞かずに置くべきか。



「着いたぞ」



 トリスはある店の前に馬車を止めた。

 私は窓からその店の外観をじっと見つめる。


 灰色の街には似合わないオレンジと黄色の壁。赤茶色のドアには、木彫りの人形のようなものが、二~三体まとめて吊るされていた。

 ショーウィンドウも、商品が乱雑に置かれていて、値札を見ても、どれがどの値札か分からない。


 トリスは、馬車のドアを開けて、私にメモを渡す。



「これを店主に渡して、『支払いは請求書で』と言え」


「請求書払いにしたら、私が弁償できないだろ。そのために街に来てんだから」


「お前の給料から差っ引くに決まってんだろ。ついでの買い物もあるんだ。俺は馬車の見張りでついていけないから、ちゃんと買ってこいよ」



 トリスはそう言って、私を店に押し込んだ。

 カラカラとドアについた木の呼び鈴が鳴る。店の中は、嗅いだことの無いスパイスの香りと、沢山のアロマの匂いが混ざって、むせ返りそうだ。店内も、棚にギッチリと商品が並び、棚に置けないものは床へ、床にも置けないものは天井へと、少しの隙間もない。


 トリスが発狂しそうなごちゃごちゃの店内に、私はぽつんと立っていた。



「あの、どなたか」



 私が声をかけると、カウンターの奥、絞り染めの暖簾(のれん)の向こうから、鍋のようなものが落ちる音やら、商品が崩れる音やらが聞こえる。

 その後も、何かが崩れる音を立てて、ブルームが姿を現した。



「あんれまぁ、いらっしゃいな。来るのは初めてがろ?」


「はい。お使いを頼まれまして」


「あいあい、何をお買い上げで?」



 ブルームはカウンターに肘をついて、店の棚を示す。



万事屋(よろずや)Viator(旅人)』は、貿易の十二血族、ガッリーナ商人の直営店じゃ。貴族から庶民まで、誰でも何でもござれな店やざ。血筋も欠品も気にせず買いなっせ。欲しいもんは、わいが仕入れちゃるけんの」



 ブルームは微笑んで、私に手を差し出す。私は彼に、トリスから預かったメモを渡した。



「こちらの品をいただきたいのですが」


「ふんふん。……ミゼラんとこの執事のじゃね。相変わらず几帳面な書き方しゆう。スパイスとハーブと、日用品。いつもの買い物でつまらん……ん? 79年物のワイン? しかもフラン共和国の?」


「あ、えぇと、それは……その」



 私はブルームに、先日、ワインの価値も知らずに一本飲み干したことを白状した。流石に刺客を処分しながらのところは伏せたが。

 それを聞くとブルームは、「ほんにか!」と大笑いする。



「うははは! 100万パウのワインを、一気飲み! くはは! そりゃあの執事も怒るろう!」



 あの寡黙なブルームを大笑いさせたなんて、口が裂けても言えない。ミゼラに報告したら目が飛び出るだろう。

 ブルームは笑いながら店の奥に引っ込むと、商品を準備する。

 私は店内の商品を眺めて待つことにした。


 何でもござれ、と言っていたのは嘘では無いらしい。

 適当に置かれているが、アンティークな食器や最新のカメラ。パワーストーンの量り売りから、駄菓子の扱いもある。


 ふと、目に留まるものがあった。

 なんてことは無い、ただのブレスレットだ。

 レザーの紐を、何重にも巻いて身につけるブレスレット。一度だけ、これを買ったことがあった。


 狩った魔物の換金で、思った以上の金額になった。

 税金を払っても余る金で、誕生日の品を買おうと、それを買った。


 十五歳のキリのいい数字の誕生日。村の年頃の女の子がひとつは持っているアクセサリーが、少し羨ましく思えた頃の話。


 銀のアクセサリーなんて、高価なものじゃなくていい。ちょっとした、装飾品なんて贅沢なものが欲しかった。


 たった数百パウの安物。それが、私の初めての贅沢だった。


 買って浮かれたのもつかの間。買った次の日、私の家からそれが無くなっていた。

 落としたりなんてしていない。大事にしまっていたのだから。


 でも村の少女が同じものを付けていて、『盗まれた』と直感的に理解した。

 取り返そうとした。けれど、誰も『化け物』の味方なんてしない。誰も、私から奪うことを止めてくれない。



 あれが、最初で最後の贅沢だった。



 懐かしいな。なんて、感傷に浸っていると、ブルームが商品を持ってカウンターに戻ってきた。

 私がレザーのブレスレットを見ていることに気がつくと、「それも()うちく?」と尋ねた。


 給料の支払いは来週だ。残念ながら今は文無し。私は「見てただけですので」とカウンターに向かう。



「支払いは請求書で」


「いつも通りな。……ちっくと待っちょれ」



 ブルームはカウンターから出ると、レザーのブレスレットを手に取った。それを、私の右腕にささっと巻き付ける。

 私が驚いていると、ブルームは「おまけっち」と言う。



「わいたち、酉の十二血族は貿易商じゃ。だから、色んな国に行っちくるし、色んな文化や人に触れるんよ。だけん、お()さんの見た目も、なんとも思わん。でも、この国しか知らわん者は違うき。黒髪の人の国もあるっちこと、夢にも思わんじゃろ」



 私のような見た目の人達の国なんてあるのか。そこに生まれていたら、今の生活なんて考えられないだろう。

 けれど、ここに生まれてしまった。それはどうしようも無い事実で、現実だ。

 ブルームは話を続ける。



「その見た目で、偏見もあるろう。酷い言葉を投げられたろう。でも、見た目がどうだろうと、好きなものを我慢する理由にはならんわいな」



 ブルームは「請求書は後で送るっち伝えとおせ」と暖簾の奥に戻った。

 私はカウンターに置かれた商品を持って、店を出る。

 起きたことは変わらない。過ぎ去った過去をやり直すことも出来ない。

 けれど、この店を出る時、ブルームがブレスレットをくれた時。


 嗚咽を飲み込んで泣いた十五歳の私が、報われた気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ