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3–8 避難所の手伝い

 ミゼラにこってりと絞られた後、私は町をさまよっていた。

 というのも、ミゼラは「あの二人に話があるから」と、フィリップとブルームを探しに町へと行ってしまったのだ。


 私は土地勘もないまま、畑に置いてけぼりになり、町に設置された看板を頼りに、町中へと向かうしか、することがなかったのだ。


 あてもなく、やることも無く、ぼうっと町を歩いていると、公民館らしい所に出た。

 入口周りの人出が激しく、微かに話し声も聞こえてくる。


 私がそこに近づくと、トリスがバタバタと走り回っていた。

 入口に積まれた木箱の中身を確認しては、中へと運んでいく。暑くなっているのか、きっちりと着込んでいた燕尾服の袖をまくり、首元のボタンも二つほど外していた。



「手伝おうか」



 私が優しさで声をかけると、トリスは眉間にシワを寄せて「あぁ」と答えた。

 私が参加するのが嫌なのか、素っ気ない態度にムッとする。



「おい、随分な態度だな。私のことが嫌いなのは知ってるが、もうちったぁ猫被りしろよ」


「うるさいな。別にいいだろうが」



 忙しくて余裕が無いのか、トリスはすぐに木箱を持って、公民館に入っていく。

 私はトリスの真似をするように、木箱を開けて中身を確認した。


 ブルームが用意したと見られる食材が、隙間なく詰め込まれていて、どれも品質がピカイチのものだ。


 彼は貿易品を解いたと言っていた。ということは、これはどこかの国に輸出されるはずの荷物だったのか。

 それをポンと出してしまえるのだから、ブルームは損得勘定に振り回されないのだろう。



(とはいえ、庶民相手にこんな高値の品、いささか勿体ないな)



 私は袖をまくって、木箱を持ち上げると、公民館に入る。

 色んな人が出入りしているからか、廊下が混雑しており、箱を持っているとすれ違うのも一苦労だ。

 それに、すれ違う人が皆、私を見てギョッとしている。

 驚きとか、意外とか、肯定的に捉えたら気にならないが、誰もが奇妙な目を私に向ける。


 原因は分かっている。黒い髪と、赤い瞳だ。


 好きでこんな見た目をしている訳では無い。

 けれど、奇妙だと視線で言われていれば、私だって傷つく。


 木箱を運んでいると、トリスが私に気がついた。

 さぁっと青ざめたかと思うと、つかつかとこちらに向かって歩いてきて、木箱を奪い取った。



「何すんだよ!」


「何してんだよ! お前のやることはない!」


「だからって、フラフラしてたら邪魔だろうが!」


「そのバカ高いドレスで手伝いしないでくれ。洗濯するのも、修繕するのも俺なんだから」


「むしろ汚れない仕事ってなんだよ」



 私がそう言うと、トリスは少し考えて、「ついて来い」と背中を向けた。

 廊下を歩いていく彼に、私はついて行く。


 ***


 久しぶりに嗅いだ野菜の匂い。

 調理されたものとは違う、生の香り。


 公民館に備え付けられたキッチンで、私はトリスの手伝いをしていた。

 トリスに指示された野菜の皮むきと、カットが主な仕事だ。


 ドレスが汚れないように、エプロンを借りて、言われたように切っていく。

 村にいた頃はずっと自炊していたから、料理は得意だ。だが、投獄中は牢の中で大人しく座っているだけだったから、少しなまってしまったらしい。

 今まで難なく切れていたカボチャが硬い。


 その横で、トリスは食材を鍋に入れて、グツグツと煮込んでいた。

 手袋をつけて、鶏肉を刻んで一口大にすると、鍋に追加して、調味料を入れていく。


 使わなくなったまな板や包丁は、シンクに置かれると、きちんと洗った上で、熱湯消毒して元の場所に戻す。

 使った台も、汚れを綺麗に拭き取って、アルコールで消毒をする。


 潔癖もここまで来れば、面倒なものだ。

 病的なまでにこだわる必要がどこにあるのか。


 私が食材を切り終わると、トリスは別のコンロで同じ料理を作る。


 彼が作っているのは、カボチャのシチューとひと口ステーキだった。

 避難した全員が食べられて、野菜を多く摂取出来て、良質なタンパク質を得られる。さらに、ステーキを一口大にすることで、調理時間の短縮と、噛む力のない子供や老人でも食べられるようになっている。


 冷たい物言いをする割に、他人のことをよく見ているトリスらしいメニューだ。


 しかし、腑に落ちないこともある。私の仕事担当だ。


 ドレスが汚れると言って、こちらに連れてきた。だが、料理もそれなりに汚れる仕事だろう。

 食材にもよるが、鍋に入れた時にスープがはねたり、粉物が服に着いたり……汚れる原因は沢山ある。


 なのに、トリスはキッチンに連れてきた。


 尋ねようにも、調理しているトリスは真剣そのもので、声をかけられる雰囲気じゃないのだ。

 邪魔をすれば怒られるだろうと、黙々と仕事をしていると、廊下からヒソヒソと話す声が聞こえてきた。



「黒髪の貴族と、赤い髪の執事だって。随分縁起の悪い奴らが来たよ」


「変わり者で有名なミゼラビリス様が連れてきたんだろ?」


「一人でも忌み嫌われるのに、二人も連れてくるなんてな」



 町の住民だろう。助けて貰っているのに、恩知らずなことをよく言えたもんだ。

 キッチンの側で、わざわざ聞こえるように話すそれは、私だけでなく、トリスにも聞こえている。

 しかし、彼は聞こえないふりをして、仕上がった料理に蓋をする。

 私がトリスにどう声をかけようか悩んでいると、トリスは小さく呟いた。



「俺がいるから、気にすんなよ」



 ──あぁ、こいつはバカだ。

 この程度の悪口で、私が傷つくと思っているのか。舐められたものだ。それより酷い扱いをされてきたというのに。


 それでも、ちょっとした仲間意識が、お互いを励ましている。

 忌み子はひとりじゃない。それだけでも、心強かった。


 トリスは熱い鍋を持ち上げて、廊下に立っていた住民に声をかけた。



「炊き出しが出来ました。皆様で召し上がってください」



 笑顔で圧をかけていくあたり、彼も手慣れている。悪口を叩くヤツらには、()()()()()方が早いのだ。



「出来たてで暑いので、()()()()()火傷にご注意ください。

 焼けたら、熱いし痛いし、なかなか治らないですから……ねぇ?」



 反撃がないと思って叩くヤツらには、きちんと反撃することを仄めかす。それだけで、大人しくなるのだから、面白くなってしまう。

 人間というのは、つくづく弱いものいじめが好きな生き物だ。そこにはもちろん、自分も含むわけで。


 すっかり腰が低くなった住民は、トリスに感謝しながら、料理を運ぶのを手伝い出す。

 トリスはニコニコと微笑んだまま、「助かりますぅ」なんて知らないフリをしていた。

 その様子も、また滑稽極まりない。



「『ネズミに家を食われる』ってヤツだな」


「あの子、またやったの?」



 私が嘲笑混じりに呟いた直後、ミゼラが遠くにいるトリスを見つめてため息をついた。

 私は驚いて、振り向きざまにミゼラに手刀を放つ。ミゼラは涼しい顔をして、手刀を受け止めた。

 私が手を引っ込めると、ミゼラは腕を組んで眉間に皺を寄せる。



「イヤミを言われたら、ちゃんと報告しなさいって言ってるのに」


「……これは、本人にしか分からない感覚ですが。雇い主に報告しても決定的な解決にはならないです。

 それに、自分が言われているのに、対処するのは他人というのは、少々子供じみたやり方でしょう。自分の力で、対応していきたいのですよ」


「アンタもそう?」


「いつだってそうしてきました。誰も、助けてくれないです。世間はいつだって、異分子には冷たいですから」


「『世界』って言わないあたり、アンタ偉いわね」



 ミゼラは笑顔で対応してるトリスに、目を細めた。悲しいとも、不安とも取れる表情が、妙に艶っぽくて腹立たしい。

 この見た目で数多の女性を相手にしてこなかったのが、本当に不思議だ。彼ならきっと、女性を利用して、家や自分を守ることが出来ただろうに。

 それをしないのは、しなかったのは、彼の優しさと純粋な気持ちがあったからだろう。


 私としては、申し分ない雇い主だが、もう少し狡猾さというものを覚えてもいいと思う。



「そろそろ帰るわよ。予算も当面の援助も決まった。あとはフィリップとブルームの仕事よ」



 ミゼラは背伸びをして、トリスを呼びに行った。私はキッチンで 残した洗い物を片付ける。

 トリスのようにピカピカにとはいかないが、彼に倣って、丁寧に食器を洗った。

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