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3–6 原因は塩です

『塩害』──それは読んで字のごとく、塩による被害である。


 水や大気に塩が多く含まれることで発生する被害で、建物や植物に対して、劣化や腐食、枯死を招く。


 沿岸地域なら、発生しやすい災害と言えるだろう。



「特に、沿岸部に海風を遮るものもありませんでしたし、建物はきっと、コンクリートを使用していたのでしょう。

 元より強い海風と、先月、イーグリンドに上陸した台風の影響で、大打撃を受けたんだと思います」



 私は、乾いた塩で埋め尽くされた畑の土をすくい取る。

 塩と同様に乾燥しきった土は、水の『み』の字も無さそうだ。


 しかも、遠くまで見渡せる畑の真っ白な様は、元農民として衝撃的でもあり、ここまで来ると、いっそ感心してしまう。


 だだっ広い畑の土壌改善は、かなり根気が要りそうだ。



「君、畑に詳しいの?」



 フィリップが私に尋ねた。

 不思議そうな表情で、じっと見つめる彼の後ろで、ミゼラが「誤魔化(ごまか)して」と手で合図を送る。


 私は少し考えて、「領地の管理を任されていましたので」と、それっぽいことを言ってみた。



「でも、それって領主の仕事でしょ? 令嬢がするっていったら、見回りと財源確保じゃない?」



 どうやら墓穴を掘ったらしい。

 ミゼラに助けを求めて視線を送ると、頭を抱えていた。

 設定くらい、考えておけ──と、言いたかった。後で言ってやろう。



「他のご令嬢がどうかは知りませんが、領民との親密さは、領主としての信頼にも繋がりますから。私は、手伝える作業は手伝っていましたので、彼らにもこういった被害は聞いています」


「へぇ、庶民派なんだねぇ」



 何とか誤魔化せたようで、私は隠れて息をつく。

 ミゼラも安堵のため息をついた。


 私は手についた土を払って、令嬢らしく彼らに託そうとした。

 しかし、フィリップは私の肩を掴んで、「随分でしゃばるね?」と、耳元で囁く。



「いくら被害状況が分かったって、君はただの令嬢だよね。十二血族に近づいただけの、汚らわしい貴族の一つ。

 僕たちの仕事に、口出ししないでくれるかな? ごめんね、遠回しな言い方が通じないようだからさ」



 ──あぁ、この男は。


 被害規模とか、この後の町民の生活とか、何も考えていない。


 邪魔をされなければいい。

 首都に被害が無ければいい。


──自分を、当てにされなければいい。


 きっと、きっとその程度の考えで、視察に来たのだろう。

 町民全員を助ける気なんて、彼には無いんだろうな。



『我慢が、出来なくなったのよ』



 ミゼラが同情するのも理解出来る。私には理解できない苦しみを味わった。

 けれど、今ここにいて、誰かを助けるこの瞬間まで、お前の財産に手をかけようとする奴がいるだろうか。


 少なくとも、私はそんなことはしない。


 気がついたら、フィリップの左頬に、私の右ストレートが決まっていた。

 ミゼラの唖然とする顔、青ざめたトリスの様子が、静止画のように見えた。


 尻もちを着いても、状況が読み込めないフィリップは、殴られた頬を押さえて呆然としていた。




「お前に、興味なんざねぇわ!」




 言いたいこととか、沢山あったはずなのに、一番最初に出てきたのが、フィリップに対する意見だった。

 だいたい、知り合ったばかりの人間の財産を狙うなんて、バカか詐欺師しかしないだろうに。


 私は、ミゼラに矯正された口調を取り繕うこともしないで、感情のままに連ねた。



「いちいちビビりすぎなんだよ! 私は他人の財産に興味無いし、家系にも興味()ぇっつーの! 今を生きるのに精一杯だってのに、お前を狙ってる暇あるかバカヤロー!

 町民が死にかけてんだぞ! 生活できなくなってんだぞ! 今大事なのは、お前のことじゃなくて、町民を助けることだろうがよ! それも分かんねぇのかクソッタレがぁ!」



 思いっきりまくし立ててしまった。

 しかも、口調を直していた反動でかなり口汚く罵ってしまった。

 それなのに、無駄に爽快感がある。


 ハッとした時には、ミゼラが鬼のような形相で私を睨んでいるし、トリスも呆れた様子で、私に「バカだろ」と口パクをする。


 私も、ようやく自分がやらかした事に血の気が引いた。


 どうしよう。このままでは、邸宅にいた時のように、自害を命ぜられるかもしれない。

 いいや、抵抗出来る。……いいや、とんでもなく大事な血族相手に、とんでもないことを言ったのだ。さすがに今回は拒否できない。


 フィリップは笑顔で冷徹なことを言ってくる。それは初対面で分かっていることだ。きっと、静かに怒り狂っているに違いない。


 私はそぅっと、フィリップの方を見る。

 フィリップは、まだ呆然としていて、自分が置かれた状況を飲み込めていない。



「フィリップ、大丈夫? あの、ソラは本気で傷つけるつもりじゃなかったのよ」



 ミゼラがフォローするべく、フィリップに手を差し出すと、フィリップは私の想像に反して笑いだした。



「アッハッハッハッハッ!」



 フィリップは笑って、ミゼラの手を取った。立ち上がると、痛そうに尻と頬をさすっている。

 私は申し訳なさと、フィリップが壊れたんじゃないかという不安で複雑な目で彼を見つめる。



「本当に、ミゼラってばどこでこの子見つけて来たのさ。僕を殴ったばかりか、説教するなんて! 面白いねぇ。

 そうだよね。今は町の復興が最優先だ。意地悪しすぎちゃって、ごめんね?」



 フィリップはニッコリと笑う。

 腫れた頬が痛々しいが、それも気にならないのだろう。

 私は引きつった笑顔で「いえ」となんとか絞り出した。

 ミゼラも安心したようで、「やりすぎよ」と、私とフィリップに向けて注意する。


 フィリップは「ごめんって」とミゼラに微笑むが、それで絆される彼でもない。



「後でお話しましょ」


「…………はぁい」



 ミゼラの説教が、この後の予定に入れられてしまった。

 私は大きくため息をついて、潮の香りを肺いっぱいに取り込んだ。

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