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3–5 いざ、クーシャ町へ

 トリスが運転する馬車で、ミゼラは資料に目を走らせる。

 私は特にすることも無く、移ろいゆく景色をぼうっと眺めていた。

 アーチのような林道を、馬車は軽快な音を立てて進んでいく。ほんのり冷たい風が、私の頬を撫でた。

 ひたすら歩くことも無く、誰かが引いてくれる馬車でぼんやり出来るなんて、こんなに贅沢なことはない。




「フィリップは、悪い男じゃないのよ」




 ふと、ミゼラが口を開いた。

 突然、フィリップのフォローをするから、何事かと思った。

 ミゼラは一瞬だけ私に視線をやると、直ぐに資料に戻す。



「『一のネズミも億万の富』──どんなに小さなネズミでも、コツコツと積み重ねれば巨億の富を手に出来る。

 フィリップの家系から生まれた言葉よ。

 ラットゥス家は、ネズミの家紋の一族で、代々国の財政管理をしてきたの。一枚のコインから、国を成すだけの資金を集め、今に至るまでの財を成した。

 それは、彼の家系の努力の賜物(たまもの)で、真面目さを表すわ」



 ミゼラは、ラットゥス家の国の立場を説明した。

 私はそれに、じっと耳を傾ける。



「でもね、そのせいで彼ら自身がとんでもない金持ちだと、勘違いする輩がいるのよね。

 確かに、フィリップの家は、私だって勝てないくらいの財があるわ。でも、それは彼らが無駄遣いをしないで、節約をして貯めたものだから。慎重に吟味して、必要なものにだけ、お金を使うからよ。

 それを知らない奴らが、彼の金を目当てに近づいてくるの。いつも、いつもね」



 フィリップの周りは、彼の財産を狙って、家が襲われたり、薬を盛って既成事実を作ろうとする馬鹿が多い。


 フィリップは元々、優しい性格で気配りができるタイプだったらしい。

 しかし、家系的な事情で、疑い深くなってしまったのだという。



「あなたに対して、『死ね』と命じたことを庇うことは出来ないけれど、冷たく接することだけは、大目に見てもらえないかしら。

 昔から我慢してたのよ。フィリップも、我慢してたけれど、出来なくなってしまったの」



 脅かされる財と人生。

 目が眩むほどの富は、人を簡単に狂わせる。フィリップも、ずっと危険に晒されてきたのだろう。

 あわよくば……と、虎視眈々と狙う卑劣な奴らに。


 私はフィリップのあの笑顔が、態度が、自分を守るためなのだと思うと、途端に彼が弱く見えた。


 それは、彼を軽んじているわけではなく、背負った宿命に対して、苦しんでいるただの人間なのだと、知ったゆえの感想だ。



(自分を守るために、本来の自分を歪ませないといけないのか)



 私はミゼラに「平気です」と伝えた。



「あのような態度は、育った農村で慣れていますし、必要があれば、相手が誰だとしても殴りますので」



 そう宣言すると、ミゼラはクスッと笑った。



「どうしたら、そんな考えになるのよ」



 気持ちが軽くなったのか、表情が和らいだミゼラに、私は頬杖を付いて笑った。



「ごめんあそばせ。育ちが悪いもので」



 ***


 クーシャ町につくと、トリスが馬車のドアを開ける。

 ミゼラが先に降りると、強い風に目を細めた。せっかくセットした髪も、一瞬で無造作ヘアに変わる。



「やだわ。完璧な髪型だったのに……」


「沿岸地域は、潮の影響で強風になりやすいですから」



 トリスはミゼラをフォローして、私が降りやすいように手を貸した。

 私も馬車を降りると、強い風に煽られた。



「思ってたより強いですね」


「おい、スカートを押さえるくらいしろ。淑女のフリも出来ないのか」


「悪いな。どうやら私の足は刺激が強いらしい」


「あぁ、劇物指定だ。今度、危険物取扱者の資格を取っておく」


「一応言っておくと、私は首をはねるのは得意だからな」



「どうして目を離した一瞬で、アンタ達はケンカするのよ」



 ミゼラにキツめのデコピンを食らって、私たちは大人しくミゼラの後ろをついて行った。


 被害が大きい区間に行ってみると、そこは海が見える住宅地だった。最近建てたばかりの家が真っ直ぐ整列していて、外観もライトブラウンで明るい印象がある。

 しかも、海のそばにあるから、観光地のような華やかさもあり、別荘や移住してくる人にはピッタリな立地だろう。



 だが、それも被害に遭っていなければ、の話。



 壁はひび割れて、塗装も剥がれている。建物自体も、何やら白く濁っていた。

 手入れをしていたであろう芝生も、茶色く枯れていて、汚らしく見える。


 少し歩いていけば、広大な畑が広がっていて、今が旬のキャベツもジャガイモも、売り物どころか食べることも出来ないくらいに枯れていた。雪でも降ったかのような白さは、元農民として、やるせない気持ちになる。


 これでは地元民の生活も困窮する。飢饉が起きるのも頷けた。



「さて、ミゼラはどう判断する?」



 後ろから、到着したばかりのフィリップが声をかけた。

 うんと伸びをして、青い海に感嘆をこぼす。

 ミゼラは「そうね」と、顎に指を置いて考えた。



「まずは、被害者の生活場所を確保しましょう。支援物資は、主に食糧と日用品。その他は必要に応じて、ブルームに調達してもらいましょう」


「そうだね。で、予算の割り振りはこっちで決めていい?」


「あなたが失敗したことないでしょう。無事な建物を見つけて、空間の確保と、病気になってる人を隔離して……病院の病床を出来るだけ確保したいわ。医療従事者の派遣って出来るかしら」


「メディクラス卿に要請しようか。 近隣の町から派遣してもらえるはずだよ」


「お願いするわ。さて……」


「ここまで来たら、次の段階だね」



 フィリップとミゼラは、畑を見つめて、声を揃えた。




「「原因を究明しないと」」




 ────はぁ?



 目の前に答えがあるのに、何を究明するというのか。

 私がぽかんとしていると、ミゼラが「難しいわよね」と困ったように笑う。


 もしかして、いや、もしかしなくても、私に分かるはずがないと思われている?



「バカにしないでいただきたいです」


「そんなこと言ってぇ。僕らと同じであろうとしなくていいよ。写真撮ってエイヴに見せれば、すぐに分かるし」



 フィリップの下に見るような態度に、私は苛立って、つい言ってしまった。




「そうでしょうね。多分同じことを言いますよ。『塩害』だって」




 誰よりも早く原因を突き止めた私に、二人は目を見開いた。

 私も一応、農民の意地があったようだ。

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