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2-6 貴族の挨拶回り

 ミゼラの腕に手を回し、練習したとおりに歩き出す。階段から降りる私たちを見る目は、好奇、軽蔑、嘲笑……あまり、好意的な視線ではなかった。


 特に、私を見る目は、異質なものを見ているようで。



「黒い髪だわ……」


「どうして、あんな忌み嫌われる女を……」


「おかしい人だと、噂で聞いていたが、ここまでとは……」


「髪が黒いだけではないわ。目も赤くてよ。どのような罪を犯せば、あのような邪悪な見た目になるのかしら」


「きっと、神話のような大罪を犯したんだわ」



 ──気にしない。


 そう思っていても、奇異は視線はずっとこちらを向いていて。

 背中がゾワゾワする。左手が指の先から痺れてくるようだ。鼓動が早くなって、足が浮いているような感覚が襲ってきて。



(──見るな)



 あの時の、武器を握っていた時の感覚が、高揚感が、微睡みのような幸せが恋しい。



(──そんな目で私を見るな)



 もう一度だけ。



(その目を私に向けるな!)



 もう一度だけ、良いんじゃないか?




「落ち着きなさい」




 ミゼラの手が、腕を組んでいる私の手と重なった。気づかないうちに、ミゼラの腕に爪を立てていたらしい。ミゼラは痛いはずなのに、そんな素振りを一切見せない。



「緊張してるのかしら? 可愛いじゃない」



 それどころか、ふざけたことを言って、私の気を紛らわせようとする。そういう所が嫌いだ。



「緊張していません。少々、人酔いを」


「あら、それはいけないわ。早めに紹介を終えましょう」



 ミゼラはそう言って、足早に挨拶を済ませる。位の高い貴族から順に、挨拶に回った。まず最初に挨拶をしたのは、コーヒー色の髪が綺麗な紳士だった。



「リュミシュオン卿、お会いできて光栄です」


「あぁ、マレディクトス侯爵。君が夜会を開くのは珍しいな。それほどいい伴侶を見つけたんだろう」


「はい。彼女がそうです。ソラ……」



 そこまで言って、ミゼラは焦ったような表情を見せる。今更気がついたのだろうか。


(私のファミリーネーム、考えてなかったのかよ)



 死刑囚を婚約者に偽装している以上、今までのファミリーネームは使えない。かといって、適当なファミリーネームを使えば、貴族社会のネットワークに引っかかりかねない。貴族でも違和感のない、それらしい名前をどうして考えていないのやら。

 助け舟を出そうにも、貴族のことは一切分からない。下手に名乗って、ミゼラが怪しまれても困る。


 ミゼラが口ごもるので、リュミシュオン卿も、不審なものを見る目に変わる。これ以上は危険だ。



(一かバチか)



 私はドレスの裾を持ち、恭しくお辞儀をする。トリスに習った通り、綺麗に出来たはずだ。



「お初にお目にかかります。私、ミゼラビリス様の婚約者のソラ・()()()()()()と申します。遙か東の国にルーツがありますので、ファミリーネームがこの国の方々とは異なります。ですので、いつも紹介いただく時に、詰まってしまうのですよ」



 ──な~んて。生まれも育ちもこの国だが。


 あえて外国を引き出すことで、「そんなこともあるか」と納得させる。東の国なんて適当なことを言ったが、そちらの国にも黒い髪の人間なんているだろうか。

 だが、この紹介でリュミシュオン卿は納得してくれた。



「あぁ、確かに聞き慣れない名前だ。発音も難しい。マレディクトス侯爵、噛むのが怖くて口ごもったな?」


「……あは、リュミシュオン卿にはお見通しですか。()も、未だに慣れないものですから」


「ははは。しかし、そうか。侯爵もようやく身を固める時が来たか」


「リュミシュオン卿夫妻のような夫婦になりたいものです」



 そう挨拶するミゼラの眉間には、うっすらシワが寄っている。本当に、散々言われてきたのだろう。以前零していた、『血を絶やせない貴族』というのは、私が思っている以上にしがらみが多いのだろう。


 そのあとの挨拶回りは大変だった。バレット侯爵、グレンジャー侯爵、ヘンリー伯爵、シュミット伯爵、オリバー伯爵、アルアトリア辺境伯、フェルミオン子爵……ミゼラの人脈か、貴族の繋がりかは知らないが、挨拶する人が多く、本当に人酔いしそうだ。

 特に、女性の香水が辛い。それぞれが、自分を表現するためのものを付けているし、まめにつけ直しているのか、かなり強烈に香ってくる。鼻も頭も痛くなってきた。

 一瞬だけでも、会場を離れたいが、挨拶はあと数人残っている。どうしたものか。



「ソラ様」



 突然、後ろからトリスが声を掛ける。

 私の耳に手を添え、小さい声で伝える。



御髪(おぐし)が乱れておいでです。直された方がよろしいかと」



 ミゼラも察すると、「直してらっしゃい」と私を解放する。私も軽く会釈して、いそいそと廊下に出た。


 ***


「おうぇえぇ~~~~……」



 吐きそう。まだ何も食べてすらいないのに。胃がひっくり返りそうな気持ち悪さに、立っていられない。廊下に出た瞬間から、貴族としての立ち振る舞いを保てず、トリスに支えられて、会場から離れた。顔色が相当悪いのか、トリスからも同情の眼差しを向けられた。



「お前、鼻が良いんだな」


「自然と共に暮らしてりゃ、嫌でも敏感になるっての。貴族とその従者はいいな。慣れてるんだろ。あのケバケバした匂い」


「いいや、俺も嫌いだ。でも、あれより酷い臭いを嗅いでた頃がある」



 トリスは嫌なものを思い出すように、眉間にシワを寄せて語る。忌み子仲間だからか、酷い扱いを受けてきたのは、それだけで分かった。私は興味無いフリをして、「そうかよ」とだけ。それくらいが、調度いい。

 ようやく鼻が麻痺してきて、匂いも気にならなくなってきた。鼻の奥がまだ痛いが、このくらいなら平気だ。



「さて、戻るぞ。あのオカマ野郎が心配だ」


「ミゼラ様と言え。俺らが戻るまで、食事に手を付けないように言ったが、勧められてる可能性もあるしな」



 足早に会場に戻るが、ギラギラと明るい会場に、煌びやかな服を纏った招待客たちで、ミゼラが全く探せない。客たちのあいだをすり抜けてミゼラを探すが、彼の背中すら見えない。

 いつもの派手な化粧をしているならともかく、今日は地味な見た目をしている。それが余計に探しづらい。

 ミゼラはパーティーの主催者だから、壁際にいることはないだろう。会場で挨拶していない貴族はあと三人。うち二人が、ミゼラをよく思っていない。刺客と話をしてるかも、と思うだけでゾッとする。



「くそ、どこだよ」



 私が辺りを見回していると、誰かがするっと私と腕を組んだ。私は反射的に絡められた腕を掴むと、体の外側に手首を捻る。

「いたっ」と声がして、体が私の方に傾いた。顔もこちら側に向く。それを見逃さず、私は自由が効く手でそいつの顔を殴ろうとした。



「ちょっと、痛いじゃない!」



 鼻に触れるか触れないかの距離で、拳が止まる。ミゼラは不機嫌そうな顔で、私にデコピンをした。それがまた、骨に染みるくらい痛い。



「いっったぁ~~……」


「おあいこよ。アタシの手を捻ったんだから。これで仕事が出来なくなったら、どうしてくれるのよ」


「知るかよ。勝手に困ってろ。いきなり腕を組みやがって」


「アタシを探せないようだから、助けてあげたんじゃない。そのお礼が拳だなんて、やんなっちゃうわ」



「だったら、いつもの派手な化粧をしてろよ。それがお前だろうが」



 濃い色のアイシャドウに、キラッキラのラメを振りまいて、花畑のような香水でもつけていれば、すぐに見つかったものを。それをしないで、どうして地味で探しづらい見た目をするのか。

 文句をつけてやれば、ミゼラは目をパチクリさせて、微笑んだ。



「いつか、そうするわよ」



 私の頬を撫でて、ミゼラは前を向く。その横顔は、嬉しそうに見えた。

 何が嬉しいものか。香水の匂いに具合が悪くなってしまったのは不覚だが、喜ばれるようなことを言った覚えは無い。

 嬉しそうな彼の隣で、私は反対に不機嫌になる。けれど、自分の仕事内容を思い出すと、自然と納得した。



(狙われてるんだもんな)



 それなら、派手な格好をするわけにもいかない。目立たない方が、都合がいいのも理解出来る。



(そりゃ、『いつか』よなぁ……)



 私は表情を切り替えて、仕事に戻る。この煌びやかな世界でさえ、血なまぐさいと知ると、途端に親近感も湧くものだ。

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