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15‐6 単身で向かう竜の城

 鉱山に囲まれた屋敷が一軒。

 ただそこにあった。


 山風を浴びて、砂埃に守られて、ただそこにあった。


 屋敷を囲う塀もない。

 絢爛豪華な庭もない。

 普通のレンガ造りの、十二血族にしてはこぢんまりとした屋敷。

 台風に飛ばされて運ばれたと言われた方がしっくりくるような佇まいに、私は大きく息を吐いた。


 ミゼラの顔を立てるためのドレス。

 掴まれることを想定して、ぎっちりとまとめた髪。

 ちょっとでも攻撃力を上げるためのハイヒール。


 私が屋敷に近づくと、窓から誰かの視線を感じた。

 ……誰かなんて、分かりきっている。



 私はドアをノックした。ドアベルは壊れていると知ってた。

 ドアが開くと、ミゼラが化粧をしない世界線のような、端正な顔をした男が立っていた。



「……スタルトス様ですね」



 スタルトスは私を頭のてっぺんからつま先までじっと観察する。

 私の服装を評価する時のミゼラのような行動に、兄弟であることを実感した。

 スタルトスは無言でドアを開けたまま廊下を歩く。私は、彼について行った。

 その先に罠があったとしても、私は彼と話をしたかった。


 スタルトスは談話室に私を案内する。

 家具にシーツを被せたまま放置された部屋は、埃と蜘蛛の巣だらけで、汚らしい。

 トリスが見たら発狂しそうだ。


 ドレスの洗濯で文句を言われる覚悟を持って、私はソファーに座った。

 スタルトスは服が汚れるのも気にせず、私の正面に座る。



 彼は何も言わない。何も言わなかった。

 だから、余計に気味が悪かった。



「私はソラ・アボミナティオ。ミゼラ様の婚約者です」



 名目上の役職だが。

 でも、スタルトスの眉間がかすかに動いた。

 私は敢えて気が付かなかったフリをして、単刀直入に切り出した。



「ミゼラ様の命を狙うのはおやめください」



 私がそう言うと、スタルトスはようやく口を開いた。



「…………なぜ」



 ————————なぜ?


 なぜか。……なぜだろうな。

 私が彼を守る理由は単に『それが契約だから』でしかない。


 それ以上の理由が、どこにもない。


 スタルトスは、私の返事を待っている。

 竜のように鋭い双眸(そうぼう)に、私は息が詰まりそうだった。

 そのわりに、言葉が詰まることは無いのだから、肝が据わっているのか、無神経なのか。



「私の仕事は、ミゼラ様を守ることです。それが、兄弟の歯牙だとしても」



 私がそう言うと、スタルトスは乾いた笑いを零した。

 私はスタルトスの行動を無表情で眺める。



「自分が正しいと思っているのか?」



 彼がそう問うた。



()()、俺がミゼラを襲っているとして。君はミゼラを守るのが仕事だと言った。なら、君が守り続ければいい。この先ずっと、一生、永遠に。婚約しているんだろう?」



 ——なるほど、そう来たか。

 スタルトスは自分は関与していないかのような口ぶりをする。分かっているくせに。

 そのせいで、私が此処に赴いたことも知っているくせに。


 ならば、私も明かしてしまおう。どうせ、知られることだ。



「それは出来ません。私は、ミゼラ様と契約しているだけの身。彼が必要ないと言えば、それで終わる関係ですので。私は、あなたを見極めに来ただけです。本当に狂ってしまったのか。それとも、まともなのか」


「はは、そうかい。どう見える? 君には、俺はどう見える?」



 私は彼をじっと見る。

 思ったことを素直に話した。




「……寂しそうですね」




 家督は継げず、屋敷に独りぼっち。

 誰とも話さず、誰とも打ち解けられず。

 こじれたミゼラとの関係だけが、彼をここに繫ぎ止めている。


 スタルトスは、私の答えに目を丸くしていた。

 私はスタルトスの雰囲気が変わったのを確認し、ミゼラの意向を伝えた。



「ミゼラ様は、スタルトス様との和解を強く望んでおります。二人で、ドラク家を守っていきたいとすら思っている。あなたはどうしたいですか?」



 チャンスは今だけ。

 これを逃したら、彼はずっと独りぼっちだ。

 でも、今の今までミゼラの死だけを望んでいた奴に、『仲直りしろ』なんて難しい話だろう。


 スタルトスは乾いた笑いを零して、「ばかだな」と言った。



「ミゼラはばかだ。今まで俺に殺されかけてて、どうして……」



 ——今のは自白に入らないだろうか。


 そんなことを考えていると、スタルトスは私に言った。



「どうして寂しそうなんて言った?」



 冷たい視線を浴びるはずだった。

 嫌悪を突き立てられて、振り払われるはずだった。

 スタルトスのシナリオは、自分が嫌われて、罵られて、それを利用する作戦だったのだろう。でも、私が無意識にそれを砕いてしまった。


 私は彼をまっすぐ見つめる。

 私には、彼の胸に秘めた狂気が見える。

 彼が苦しんでいるのも見える。


 だからこそ、その感想しかなかった。




「……——かつての、私と同じ顔をしていたからです」




 境遇も、経験も違う。

 けれど、その顔をしていた時の私は死んだように日々を生きていた。

 私は、彼の苦しみを知っている。その重さも、息苦しさも知っている。


 寄り添えはしない。けれど、どうしてやればいいか、魂が知っていた。



「……罪を認めてください。そうしたら、私はあなたを救い出せる」



 スタルトスがそんなことに応じるなんて思っていない。

 激昂して、物に当たり散らして、私を殴るのを待つ。しかし、スタルトスは思いの外穏やかだった。


 ポケットにしまったナイフを出して、スタルトスは大きく息を吐いた。



「……あの日、父親の行っていたことは、理解してたんだ。ミゼラが適任なのは知っていた。ミゼラは革新的だった。メイクもそう。おしゃれもそう。偏見も、差別もない。ミゼラは、伝統をなぞろうとしていた俺よりも世界が見えていた」



 スタルトスは言った。「羨ましかった」と。



「ミゼラは父から認められた。俺は認めてもらえなかった。……本当はそれだけだったんだ」



 ——分かるよ。

 理解者がいない気持ちは。

 一人で、だだっ広い世界に立って、生きていかないといけない辛さは。


 でも、彼はまだ引き返せる。……私と違う。

 私と違う。——まだ殺してない。



「認めてもらえない苦しみは、理解したいです。でも認めてくれる人というのは、往々にして自分が願っている人とは違うものです。……私は、どういうわけかオカマが来ましたよ」



 あの牢獄での出会い。

 私の一生分の奇跡が詰まったあの一時間。


 彼が伸ばしてくれた手が、無理やり掴んでくれた手が、今ここに立たせてくれている。

 スタルトスにも居るはずだ。願わくば、それが私であってほしい。



「……どうしましょうか。あと二十分ある。乱闘になる予定で、遅めに警察を呼んでしまいました」


「なるほど、俺が乱心して君を暴行する筋書きだったのか」


「そうです。どうしましょう。思いのほか穏やかに済んでしまいました」



 トリスから借りてきた証拠品も必要なくなってしまった。

 せっかく持ってきたのに。

 もっとばちばちに口論して、お互いに気が荒くなって、手が出るはずだったのに。


 スタルトスは私に一枚の手紙を渡した。

 それは、ミゼラ暗殺を依頼する内容だった。



「俺が犯人だって証拠だ。これを持って帰りなさい。ミゼラに伝えてくれ」


「何を」


「——当主、頑張れよって」



 私はスタルトスに背中を向けた。

 その時、私はジャスミンの香りを嗅いだ。

 スタルトスの香水? いいや、これは、ロイの家で嗅いだジャスミンだ。



「まさか……!」



 私が振り向いた瞬間、スタルトスは小瓶を口にしようとしていた。

 私は彼に手を伸ばした。

 小瓶の底が天井を向く。……間に合わない。



「……ごめんあそばせ」



 私はスタルトスの後頭部を蹴り飛ばした。

 小瓶は蹴られた衝撃で手から離れた。中身を床にまき散らして、スタルトスは気を失った。



「育ちが悪いもので」



 スタルトスは、動かなかった。

 私は小瓶を回収して、ソファーに腰かけて警察が来るのを待った。

 ……随分と静かだった。

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