15‐3 ロイの屋敷へ
スタルトスと仲良くしたいというミゼラの意見は尊重したい。とはいえ、ミゼラを狙って明確な殺意を向けているような輩を排除するのが私の仕事。
ミゼラの実兄といえど、私には他人だし。そんなことを気にしてたら、命なんて風の前の塵も同然だ。
——そのわりに、ミゼラの困った横顔が苦しいと感じる私もいる。
(弱くなったんかな)
そんなことを考えていると、玄関のドアが強く叩かれる。
エリーゼが対応するが、何やら困った様子で問答しているのが見えた。
私が玄関に向かうと、エリーゼが私の方に駆け寄ってくる。
「お姉様、忙しい所失礼しますわ。とても野蛮な発音の女性が来てますの。エリーはあんなイーグリンド語を聞いたことがありませんわ」
エリーゼが困っていた理由は、言語が聞き取りづらいことだったか。
私が代わると、玄関にはロイが立っていて、エリーゼを心配そうに見つめていた。
「ロイ様。お久しぶりです。エリーゼが失礼したようで」
ロイは薄黄色の生地の洋服に若草の刺繍を散らした、春らしい装いをしている。ドレスなんて着ない彼女のスタイルは、最近は女性の新しいファッションとしてはやり始めていた。
ロイの服装から、新年度も近いことが表現されている。それがどうしてか、私を焦らせていた。
私が挨拶をすると、ロイは片手を上げて「気にすんなよ」と笑った。
「フラン人だったとは思わなかったんだ。失礼したのはオレの方だよ」
ロイはエリーゼに手を振ると、エリーゼは恭しくお辞儀をして、逃げるように去っていった。
「怖がらせたか?」
「驚いただけでしょう。ミゼラ様に用事で?」
「そのつもりだったが、お前の方が良さそうだ。カフェに行こうぜ。それとも、オレの家がいいか?」
ロイは私が話したいことを察しているようだ。
私は「聞かれると困ることが一件あります」とだけ伝えた。すると、ロイは「じゃあオレの家だな」と言って、外に出た。
職業柄なのか、単に好みの問題なのか。ロイは従者もつけずに馬一頭でミゼラの家に来たらしい。立派な青毛の馬が、前庭の花の匂いを嗅いでいた。
ロイの姿を見ると、馬は尻尾を振って、ロイに顔をこすり付ける。ロイは馬の顔を撫でてやり、華麗な動きで馬に乗った。
「ほら、乗れよ」
ロイは当然のように私に手を伸ばした。
しかし、私は彼女と違ってドレスを着ている。さすがに、大股開いて飛び乗るわけにはいかない。
私が遠慮すると、ロイは馬から降りた。
「そうだった。ソラはドレスだから、乗りにくいんだったな」
そう言うと、ロイは「失礼」と軽く断りを入れて私を持ち上げた。
私を馬に座らせると、ロイはもう一度馬に飛び乗り、私の腕を自分の腹に回す。
「しっかり掴んでてくれよ」
ロイは馬の腹をポンと蹴って、馬を走らせた。
私に配慮してか、あまりスピードは出さなかった。
***
首都から離れ、ティグリス領の街中に建設されたヴィクトル邸は、かなり堅牢な造りだ。
槍のような形の柵に囲まれた、石造りの屋敷。屋敷の四方に高い塔を造っていて、城塞のようにも見える。
石造りの屋敷はペンスリーの屋敷に似ている。彼は国防を担う血族だが、国の攻防を担っていると考え方が似てくるのだろうか。
門が開き、ロイが敷地に入った瞬間、屋敷から使用人が三人飛び出してきて、一人は私を馬から降ろす手伝いをして、一人は厩に馬を戻しに行き、一人はロイの隣で指示を聞く。
「談話室でいいか?」
ロイに尋ねられ、私が頷くとロイは「談話室、三分後」と使用人に告げる。ロイの指示を受け取った使用人は屋敷に走っていき、ロイは彼らの動きをじっと眺める。
私は彼女の屋敷の前庭を眺めていた。
ミゼラ邸は、彼の趣味なのだろうが、沢山の花に囲まれていて甘い香りに包まれている。しかし、ロイの屋敷は背の高い庭木が多く、その分死角も多かった。
花らしい花は少なく、それよりも香草が多くてミゼラ邸とは違った香りが楽しめた。
ロイはすんと鼻を動かすと、道を逸れて庭に入って行く。
私は勝手について行くわけにもいかず、ロイを待つが、ロイは庭師と話をしていて戻ってくる様子が無い。
どうしたものかと、大人しく待っていると、馬から降りる手伝いをしてくれた使用人が「ご案内いたします」と私を屋敷に案内してくれた。
屋敷の中は調度品もなく、天井にランプがあるだけのシンプルな内装だった。
黒と黄色を基調とした壁と床は、侵入者対策だろうと想像できる。暗闇に侵入した時に、室内が外より暗ければ、道に迷うし、自分の居場所も分からなくなる。
良く考えた内装だ。
おそらく、ロイもそれなりに被害に遭ったのだろう。見えないように隠した傷や、張り替えたばかりの壁紙があちこちに見受けられる。今でこそ、ロイの強さが確立しているが、認められるまでは大変だったに違いない。
談話室に案内されると、私はソファーに座ってロイを待つ。
ソファーはかなり柔らかく、備え付けているクッションも手が沈むほど柔らかくて、思わず「おわぁぁ」なんて声が漏れ出してしまう。
誰もいないのをいいことに、だらしなく座ってロイを待っていると、ようやく戻ってきたロイが、私の姿にふはっと笑った。
「良いソファーだろ。皆そんな感じになるんだよ」
仮眠に使うことも多いからとロイは笑う。
それぞれに寝室があるだろうに、仮眠に使うとは一体どんなシチュエーションなのだろうか。
私が姿勢を正すと、ロイはわざとだらしなく座った。
「置いてけぼりにして悪かったな。庭師が勝手に香りが強い花を植えてたから、移し替えるように指示をしてたんだ」
「良くないのですか?」
「ミゼラんとこなら良い防衛策だけどな。オレの家じゃ不利になる」
ロイが言うには、ミゼラの屋敷の花は花粉が付きやすく、逃げられてもそれが証拠となりやすい。香りの強い花が、トリスや私などの匂いが薄い人間を隠してくれるから、いいカモフラージュになるそうだ。
しかし、ロイの屋敷は近接戦、遠距離戦を想定しているから、香りの強い花はかえって場所の目印になってしまう。自分の居場所を把握されると困るので、庭木と香草のみの庭のデザインにしているのだとか。
「今は必要ねぇけど、用心するに越したことはねぇからな」
談話室のドアが開いて、使用人がワゴンに紅茶のポットとたっぷりのお菓子を乗せて入ってきた。
ロイは紅茶を運んできた使用人に、虎のマークが入った紙を渡す。
使用人は紙を受け取ると、ワゴンを置いてすぐに談話室を立ち去った。
「さて、ここからはオレたちしか知らねぇ話になる。……何を話したいんだ?」
ロイの目つきが変わった。
ここからは、十二血族の話し合いになる。




