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15‐2 狙われる理由

 ……いつも通りの朝。

 ミゼラは相変わらず澄ました顔で朝食を取っている。

 私は彼の顔を見つめて、朝食を口に放り込む。

 私の視線に気が付いたミゼラが微笑んで、紅茶のカップを手に取った。



「熱烈な視線ね。今日のアタシ、いつもより魅力的なのかしら?」



 ミゼラのセリフに、私は「違います」と答える。

 揶揄うネタを失ったミゼラは唇をとんがらせて「そう」と紅茶に口をつけた。私は丁度いいと思い、ミゼラに尋ねた。



「昨晩、暗殺者の方が『マレディクトスに雇われた』と吐いてくださいまして。トリスからも『雇い主はスタルトス・マレディクトス』証言をいただきました。私だけ、その辺りの情報が与えられていなかったのは、どうしてでしょう」



 私は狼狽するミゼラを期待していた。しかし、ミゼラは「そうだったわね」と、気にしないようだ。

 彼の態度に疑問を覚えるが、それを追求しても意味がない。私はミゼラの説明を待つが、ミゼラは一向に応える様子は無い。

 聞かれたくない話だっただろうか。なら、これ以上言う事もない。


 私は早めに朝食を済ませようとした。しかし、それより早くミゼラの食事が終わり、ミゼラはダイニングを出る際に、私の肩に手を置いた。



「食事が終わったら、アタシの部屋に来て」



 ミゼラの指示に「分かりました」と返すが、私はふと「執務室じゃないのか」と思った。


 ***


 ——ミゼラの部屋なんて、初めて入るかもしれない。

 夜中に暗殺者の警戒のために部屋の前まで来たが、ドアの向こうなんて入ったことがない。

 ミゼラの部屋だ。オカマの家だ。

 どうせ沢山の化粧品や、私が想像できないような高価な服など持っているに違いない。


 私はミゼラの部屋のドアをノックした。

 返事はない。……忙しいのだろうか。

 私が出直そうとすると、部屋の中から何かか落ちる音や服をかき分けるような音が聞こえてきた。



「…………ミゼラ様?」


「ちょっと待っててもらえる⁉ ……っもう!」



 ミゼラが苛立ったような、焦ったような声で返事をした。

 私は部屋の前でミゼラを許可を待つが、一向にミゼラがドアを開ける様子は無い。ずっとドアの向こうで作業しているような音がしていて、ミゼラが動く度に何かが崩れているのだけが分かる。

 私はドアをもう一度ノックした。



「手伝いましょうか」


「いいえ、結構よ! 大丈夫……きゃぁぁぁぁ!」



 一際大きな音がして、ミゼラが悲鳴を上げた。

 私は即座にドアを開けて部屋に突入する。そして、その光景に唖然とした。


 散らかった衣装の山。

 クローゼットにしまい込んでいたであろうぬいぐるみや、化粧品のサンプルの箱。

 部屋でやろうと思ってたのか、仕事の書類が床に散乱し、コーヒーをこぼしたらしいラグが部屋の片隅に放り投げられていた。


 ミゼラは崩れた洋服の下敷きになっており、何十着もの服の下で腕だけが見えている。

 私は服をどかしてミゼラを救出すると、ミゼラは目を逸らして「ありがと」と言った。



「……ミゼラ様って、片づけ出来ないタイプですか? それならトリスを雇っているのもわかります」


「違うわ! ……仕事とプライベートの切り替えが極端なのよ。言っておくけれど、いつもより散らかってるだけで、普段はもっと……綺麗だから!」



 つまり、自室のみ雑になりがち、と。

 私はミゼラの弱みを握って「へぇ~」とついニヤいてしまう。きっとトリスは知っているだろうが、普段は完璧を演じている彼が、こんな怠惰な面を持っていたと思うと、出来た人なんていないと実感する。


 私はミゼラの部屋の床を掘り出しながら、「それで」と話を切り出した。



「わざわざ部屋に呼んだということは、今朝の件で話があるのでしょう。聞かせていただけるんですよね。スタルトスの件について」



 ミゼラは「もちろん」と言うと、今しがた片づけた床に服をなぎ倒して小綺麗な箱を出した。その中には、ミゼラのアルバムと手紙の束が入っていた。

 ミゼラはアルバムを私に手渡す。私はそっと表紙を捲った。



「スタルトスは、アタシの兄。トリスから聞いたわね。年齢は五歳くらい離れたけれど、仲は良かったのよ……昔はね」



 私はアルバムからミゼラとスタルトスと思しき少年を探す。

 ミゼラはすぐに見つかったが、スタルトスが中々見つからない。ようやく、ミゼラとのツーショット写真を見つけて、スタルトスの顔を把握した。

 愛らしい姿のミゼラと手を繋ぐ少年。ミゼラの年齢が当時五歳くらいと仮定すれば、彼は十歳くらいだろう。けれど、思春期に入ったばかりの少年のような雰囲気もあり、ミゼラと比べると、スタルトスは大人びて見えた。



「スタルトスとは、一緒に遊んだり、勉強を教えてもらうこともあった。けれど、仲が悪くなったのは、父が跡継ぎを決めた日からなの」



 ミゼラは「忘れないわ」と言った。


 ミゼラが十八歳の頃、彼の父が病に臥せり、余命宣告された。

 ミゼラとスタルトスが寝室に呼び出され、父は「遺言だ」と言って彼らに告げた。



「家督は、ミゼラビリスが継げ」——……と。



 跡継ぎは、長男がするものだった。しかし、次男であるミゼラを指名した。

 もちろん、スタルトスは詰め寄った。病で起き上がれない父親の胸倉を掴んで、大きく揺さぶった。



「どうしてですか! どうしてミゼラビリスなんですか! 長男の俺ではなく!」



 スタルトスの叫びに、父親は静かに答えた。



「……お前に、未来は見えない。ミゼラビリスには、この先、私が死に、お前が死に、ミゼラビリスが死んだ先にも、未来があることが見えている。新たな世界が、ミゼラビリスには見えている。それを実現させることも出来る。お前は、我欲が強すぎた」



 ミゼラには、父親の言っていることがよく分からなかった。

 しかし、嫉妬に狂ったスタルトスの嫌がらせを目の当たりにし、父親の行っていた意味を理解した。


 命を狙われ始めたのは、父親が死んだ昨年からだという。



「父が死んで、跡継ぎは新年度に正式に仕事を、爵位を引き継ぐことが出来る。でも、父は新年度が始まってすぐに亡くなった。それが、スタルトスが行き過ぎた行動を助長させたの」



 爵位が正式に決まっていない状況でミゼラがいなくなれば、必然的にスタルトスがその席を埋めることになる。しかし、ミゼラが私を雇い、抗い続け、あと数週間で席に着く。


 刺客が増えたのも納得だ。もう、なりふり構っていられないのだろう。



「……フィリアに相談されたりは、しなかったんですか?」



 私が尋ねると、ミゼラは困ったように目を伏せた。



「しようと思ったわ。けれど、十二血族から犯罪者を出すのは……と、思っていたし、それに、いまこそ険悪な関係だけれど、昔は仲の良かった兄弟よ。アタシは、もう一度手を取り合ってみたいの」



 十二血族の犯罪者……皮肉かと思ったが、そうじゃなかった。

 ミゼラの思いの丈に、私はアルバムに目を落とした。

 仲の良さそうな兄弟の写真。天真爛漫なミゼラの隣で、微笑むスタルトスが寂しく見える。


 私はアルバムを閉じた。

 ミゼラには、「あきらめた方がいいかもしれない」と言った。

 仲が良くても、命を狙ってくる奴は、見えてる世界が違う。


 私は、ミゼラの父親が正しいことしか分からなかった。

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