15‐1 ミゼラを狙っていたのは
三月になれば、夜の寒さも落ち着いてくる。
息の白さも見えなくなる夜の空は、ただそこにある闇を示すばかりで面白くない。
殺しても、殺しても湧いてくる暗殺者。
ミゼラを襲撃する奴らも、最近は増えてきて仕事が過酷さを増す。
——こんなにも、多いものだっただろうか。
(減ってきたと思ってたんだけどな)
クロスボウを構え、私は庭に侵入してくる敵を片っ端から撃ち抜いていく。
今日はトリスが正面を守っているから、私は庭を守るだけの楽な仕事なのだが、どうにも数が多くて、矢が足りないのではと思い始めていた。
矢が足りなくて焦るのは久しぶりだ。
仕事を始めた時の、照準が合わなくて命中率が低かった時くらいか。
私は次の矢に手を伸ばした。しかし、手は空を掴んで矢には触れない。……どうやらもう、使い切ってしまったようだ。
「チッ! 仕方ねぇな」
私はクロスボウを置いて、最近手に入れた武器を手にする。
ミゼラに頼んでいたライフルだ。サイレンサーもついている。
クロスボウと違って軽いし、銃弾も沢山ある。
私はライフルを構えて、スコープを覗いた。
屍を踏み越える暗殺者たちの顔を見ながら、私は引き金を引いた。
パシュッ! と小さい音がして、銃弾は暗殺者の顔を打ち抜いた。
反動はそこそこある。でも、音も小さいし、狙いやすい。
私は弾を装填して、仕事を進めた。
ふと、窓が割れる音がして、私は下を見る。……庭ではない。
トリスの奴、一人逃がしたな。
私はため息をついて、仕事をこなす。
早めに暗殺者を仕留め、目視できる範囲で敵を探す。……大丈夫、居ないようだ。
私は屋根から飛び降り、屋敷内に侵入した敵を探す。
敵はミゼラの寝室を目指すはず。私は彼の寝室の前で敵を待った。
耳を澄ませると、ドタドタと品のない足音が聞こえた。
クロスボウは使い切った。ライフルは室内での間合いが悪い。ナイフの一本でも持っていればよかった。
室内に侵入されたことがなかったから、それを想定した武器は持っていない。
「何事も、慢心は良くねぇな」
私は拳を固めると、近づいてくる足音を待つ。
しかし、鈍い音がして足音が消える。不思議に思って、私は音のした方に歩いて行くと、トリスが燭台を持って暗殺者の前に立っていた。暗殺者は後頭部に一撃を受けたようで、うつ伏せになった状態で気絶していた。
トリスは大きく息を吐いて、燭台を元の場所に置く。また大きなため息をついて、暗殺者の足を掴んで廊下を引きずっていった。
「珍しいな。逃がすなんて」
「すばしっこかったんだ」
トリスは暗殺者を空き室に連れていって、私に見張りを頼んだ。
「まだ仲間がいるかもしれない」
トリスは他に侵入した奴が居ないか、外に潜んでいる奴が居ないか確認しに向かう。
私は「つまんねぇな~」とぼやきながら、動かない暗殺者と一緒に部屋に残る。
どうせなら縛っておこう。起き抜けに襲ってきても厄介だ。
足が速いなら、逃げられた時に追いつけないかもしれない。
私は暗殺者が来ている服をはぎ取り、細く引き裂いてロープの代わりにした。
暗殺者を縛っていると、目を覚ましたようで身じろぎする。私が「動くなよ」と尻を叩くと、暗殺者は私と頑張って距離を取った。
「逃げてんじゃねぇよ。痛い思いをしながら死にたくねぇだろ」
私が暗殺者の顔を蹴り上げると、暗殺者はまた床に倒れる。
芋虫のように動くそいつに、私はため息をついて尋ねた。
「誰に雇われたか、吐いてくれりゃあ楽にしてやるよ」
私がそう言うと、暗殺者は目を見開き、何が面白いのか笑い出した。
嘲笑とも取れるその笑いに、私の目が据わる。
暗殺者は、私を馬鹿にしたように言った。
「この家に勤めていて、誰に狙われてるかも知らねぇのかよ」
私は拳を握る。
「知ってたら、お前の寿命はもっと短けぇんだよ」
***
手の甲が痛い。
人を殴ったのは久しぶりだ。
手の皮膚が裂けるまで、自分が痛いと感じるまで、痛めつけたのは。
エイヴも同じような思いをしたことがあるだろうか。
いいや、彼はフィジカルを犠牲に感情を得られなかった。
ペンスリーはこんな風にしたかっただろうか。
私を連れ去った犯人たちを。
目の前で、腫れた顔で必死に息をする暗殺者を見下ろす私は冷静だった。
あと一発、殴ったら死ぬだろうななんて思うくらい、か細い呼吸をしている暗殺者は私に恐怖を感じていた。
私は赤くなった拳を振り上げる。
暗殺者は、絶え絶えの息で私を見つめる。
それが振り下ろされる瞬間、男は叫んだ。
「マレディクトス! マレディクトスに雇われた!」
暗殺者の目と鼻の先で止まった拳。
そいつはまた気絶した。
私は暗殺者のセリフを反芻した。
——マレディクトスは、ミゼラの名字だ。
彼が、暗殺者を雇っていた? いいや、まさか。
自作自演で、自分の命を危険にさらす馬鹿なんていない。
戻ってきたトリスが、気絶した男を見て目を逸らす。
私はトリスに尋ねた。
「こいつ、『マレディクトスに雇われた』と言ってたぞ。どういうことだ」
私の問いに、トリスは「そういえば言ってなかった」と呟いた。
やはり、自作自演だったのか?
「答えろよ」
私がトリスに詰めると、彼はため息をついた。
重そうに口を開くトリスと、その言葉に目を見開く私。
空が白み始めて、紫色の朝が来る。
「……ミゼラ様を狙っているのは、スタルトス・マレディクトス。ミゼラ様の、実兄に当たる方だ」




