14‐9 仕事は早い方がいい
警察局が駆けつけて現場を見た時、その悲惨さに皆が口をあんぐりと開いた。
事情聴取で、私とトリスが被害と一連の流れを説明している間、エイヴは「出てきたから~」とか、「逃げようとしてたから~」など、適当に話をしていた。
警察官が「それじゃ困ります」と言うと、エイヴは笑っていない目で「じゃあこうしよう~」と提案した。
「我、『メリディアム』の名において、汝に詳細の聴取を禁ずる」
エイヴがそう言うと、警察官はぐっと口を噤んでエイヴへの聴取を終えた。
私が抗議しようとすると、トリスが「やめとけ」と止めた。
「十二血族の命令は、誰にも覆すことは出来ない。……エイヴ様は、自分の領地で起きたことは、自分で片づけをされる方だ。こいつらも、その対象」
それを聞いて、私はエイヴが言っていた「前に言ったんだけど」の意味を知った。
警告がてら、彼らにエイヴは制裁を下していた。今回は、慈悲を与える余地が無かったのだ。
私は帰り道、エイヴの背中をじっと眺めた。
トリスは自分についた血を、必死に拭っている。「汚い」と念仏を唱える彼は、いつも通りだった。
屋敷に帰ってくると、談話室でミゼラが紅茶を飲んで待っていた。
エイヴがトリスをシャワールームに案内している間に、ミゼラは私に紅茶を差し出した。
「エイヴは大人しくしていたかしら?」
ミゼラに聞かれ、私はエイヴの行動を報告する。
辺りが血まみれになるくらい殴っていたと伝えると、ミゼラは頭を抱えて腕を組んだ。
「やっぱり」
ミゼラは彼の行き過ぎた行動を知っているようだった。
ミゼラは話す。エイヴは温厚故に、敵とみなすと容赦をしない。
それは、小さい頃からそうだったという。
外部の商人が、利益度外視の商売を始めた時。
観光目的の人間が、消毒せずに牛舎に侵入した時。
無農薬派のデモで、畑に炭をまかれた時。
資産家が禁止区域に別荘を建てた時。
他にも、エイヴは自分の領地で勝手な行動をした人を私刑に処してきた。
「……エイヴは、領地を自分の庭だと思っている」
愛しているからではない。
自分の役目だからではない。
どちらも、近いが遠い。
彼は、領地に住む人間たちを『飼っている』感覚に近い。
彼は、領地そのものを自分の畑のように思っている。
エイヴは、領主としては完璧だ。しかし、人間としてはあまりにも不完全。
ミゼラは彼をそう評した。私は、違和感の正体にようやく気が付いた。
意味深な行動も、口調も、彼はおかしいなんて微塵も思っていないから。
だから、兄弟たちが系列を指揮している。
エイヴは領主としての仕事を、趣味の畑や畜産を、十二血族の役目を、全うしているのだとか。……そうしないと、彼の危険な行動が国民に知られてしまうから。
「サイコパスだと?」
私がストレートに表現すると、ミゼラは「そうよ」と肯定した。
ちょうど、エイヴが談話室に現れた。
「やぁ、夕飯食べてくでしょ~? 何がいいかな~?」
——いつも通りの笑顔で。
ミゼラは「魚がいいわ」と答え、エイヴに夕食の準備を頼む。エイヴは「分かった~」と厨房に向かった。
私はエイヴの底知れない何かにため息をつく。
ミゼラは紅茶を飲み干すと、「考えるだけ無駄よ」と忠告した。
「アタシも、エイヴを理解しようと思ったことがあるわ。でも、知ろうとすればするほど、全体像がつかめなくなるの」
「そうですか」
会話が止まり、焚火の音だけが静かに響く。
私もミゼラも、会話をすることは無かった。
しばらくして、ようやくミゼラが口を開く。
「……もしも、もしもよ。アタシが、あなたと結んだ契約を解除するって言ったら、……あなた、どうする?」
ミゼラの問いに、私は「契約終了予定ですか?」と尋ねる。しかし、ミゼラは「もしもよ」と前提を崩さない。
私は少し考える。
農村に住んで、もう一度生活をやり直すことも出来る。
ペンスリーと一緒に住んで、親子関係の修復も出来る。
何かを直すことも、新たに始めることも捨てがたい。
私は、どうしようか。
「……そうですね。まだ、決まってはいません。けれど、ミゼラ様との関係は続けたいと思っています。知り合いとか、……友人とか」
私の回答に、ミゼラは「そう」とだけ言った。
私は彼の意図が理解出来ず、カップを置いて背伸びをする。
「……農民に戻るのも、十二血族として生きるのも、どちらも捨てがたいのです。でも、そのどちらも、私がやりたいと思えないのです」
どうしたいのだろう。
私は、どう生きたいのだろう。
私は、牢獄で死んでいた。
ずっと死を待っていた。今さら助かった命、どう生きようかなんて考えてもいなかった。
……半年。いや、一年の約四分の三。
目まぐるしい変化と生活。
価値観のアップデートも頻繁に、知識量だって、農民時代の比ではない。
人間関係も、ミゼラとの契約が終われば消滅する。
契約が終わるまでに考えなくてはいけないこと。でも、考えるのが億劫だ。
(——どうしようかな)
沈黙が私たちの間に座って動かない。
エイヴが夕飯に呼びに来て、ようやく雰囲気が変わる。
私はミゼラのセリフを反芻する。
『……もしも、もしもよ。アタシが、あなたと結んだ契約を解除するって言ったら、……あなた、どうする?』
——契約終了が、近いのだろう。




